J・P・モルガン氏 Photo: Historical/gettyimages
かつてアメリカでは金融恐慌が繰り返され、市場は何度も混乱に陥った。そのたびに、私財を投じながら市場の維持に尽力したのが「金融王」こと銀行家のJ・P・モルガンだ。彼は危機のなかで何を見据え、どのような判断を下していたのか。その視点に迫る。※本稿は、投資助言家の鹿子木 健『なぜ金融の勝者はいつも同じ顔ぶれなのか 教養としての金融市場』(講談社)の一部を抜粋・編集したものです。
金融システムへの視点
「利用」か「使う」か
金融システムについて語るとき、多くの人は無意識のうちに「利用者」の位置から考えています。銀行はサービス提供者であり、証券会社は助言者であり、国家は守ってくれる存在である、と。
しかし、どうしても置いておきたい視点があります。金融システムを「利用する」のではなく、「使う」側にいた人間の視点です。その象徴が、銀行家であり、モルガン財閥の創始者であるジョン・ピアポント・モルガン(1837~1913年)です。J・P・モルガン、それがより広く知られた呼び名です。
J・P・モルガンは、「誰が最後に残されるか」を理屈ではなく、現実の行動によって市場に示した人物です。金融危機が起きたとき、彼は国家の外にいながら、事実上の最終的な安定装置として振る舞いました。
19世紀末から20世紀初頭にかけて、アメリカでは繰り返し金融恐慌が起きました。銀行が連鎖的に倒れ、信用が一気に縮み、資金の流れが止まる。今日で言う「システミックリスク」が、すでに何度も現実化していた時代です。
当時のアメリカには、まだ中央銀行が存在していません。最後の貸し手も、公式な救済装置もない。







