書店を歩けば必ず見かける――。数々の話題書で装画や本文イラストを手がけるイラストレーターのヤギワタル氏。親しみのある絵柄で人気を博す彼は、どのようなキャリアで「食えるイラストレーター」になったのか。初の著書『言語化だけじゃ伝わんない』も書き下ろし、ますます注目度の高まるヤギ氏。その全てを語るインタビュー記事。全5回のうち第4回目をお送りする。(構成/ダイヤモンド社・種岡 健)

【食えるイラストレーターになる方法】夢を応援してくれる「いい言葉」と「呪いになる言葉」

デザイナーが集う場へ

――前回のラストでは、鈴木成一さんのイラスト塾への直訴、そして『ダース・ヴェイダーとルーク(4才)』の手描き文字での鮮烈なデビューについてお聞きしました。そこからいよいよ、イラストレーターとしての本格的な活動がスタートするわけですね。

ヤギワタル(以下、ヤギ):そうですね。ただ、デビューしたからといってすぐに仕事が舞い込んでくるわけではありません。当時はまだSNSもほとんど使われていなかった時代ですから、とにかく地道な「持ち込み営業」から始めました
 100円ショップに行って、20枚くらい入るクリアファイルを何冊も買ってきて、そこに自分の作品を綺麗にプリントアウトして入れるんです。そして、自宅の本棚にある好きな本を引っ張り出して奥付を見る。そこには必ず出版社やデザイナーさんの名前が書いてあります。あとは、そこに電話をかけるだけ。それをするかしないかは自分次第でした。

――当時はポートフォリオの持ち込みを受け入れてくれる出版社も多かったんですね。

ヤギ:ええ。今だと「HPのリンクを送ってください」とか「人が社内にいないから」と断られることもあると思いますが、当時はまだ「ポートフォリオを置いていってくれれば、編集部内で回覧しますよ」と言ってくれるところが多かった。1社に届ければ、何人かの編集者に見てもらえるチャンスがあったんです。

 ただ、ぼくは営業をしていく中で、ある一つの仮説を持つようになりました。それは、「営業も大事だけど、ブックデザイナー(装丁家)に絵を教えてもらうのが一番の近道なんじゃないか」ということです。

――それはなぜでしょう?

ヤギ:営業だとどうしても、売る側と買う側、みたいな感じの関係性になってしまうんですよね。だからイラストレーターとして完成している人にしか仕事を依頼できない。でも教える、教えられるの関係になると、ポテンシャルを引き出そうとしてくれるんです。
 だからもしデザイナーと密なコミュニケーションを取れる場所があるなら、そこへ飛び込むのが一番確実だと思ったんです。それに、依頼側がイラストレーターをどう見ているか、本音の部分を確認できますからね。

 そして見つけたのが、外苑前にある「ギャラリーダズル(Gallery Dazzle)」という場所でした。ここでは当時、デザイナーの方々が講師を務める、イラストレーター向けの塾が始まっていました。ぼくはその2期生として通うことにしたんです。

井上新八氏との出会いと「坊主の絵」

――そこでの塾がターニングポイントになったのでしょうか。

ヤギ:そうですね。そこでのグループ展が、ぼくの本格的なプロとしての仕事を呼び込むことになりました。当時、ぼくはダズルに通う一方で、サンクチュアリ出版という出版社にポートフォリオを郵送していたんです。それをたまたま、同社のデザイナーの井上新八さんが見てくれていた。そのポートフォリオにたまたま塾の修了展のお知らせも入れてんですが、その修了展に井上さんがひょっこり現れたんです。

――ご本人が会場に来てくれたんですか。

ヤギ:びっくりしました。しかも、さらに奇跡的なことがあったんです。当時ぼくがポートフォリオに描いていたイラストは、基本的に髪の毛が生えている普通のキャラクターでした。でも、その中の1点だけ、たまたま「坊主頭のキャラクター」を描いた絵を入れていたんです。深い理由はなく、気分転換で描いた1点でした。そしたら、井上さんがその絵を見て、「あ、これだ」と思ったそうなんです。

 井上さんはそのときちょうど、お坊さんが書いた仏教の本のデザインを手がけることになっていて、「坊主のキャラクターが描けるイラストレーター」を探していたそうなんです。そんなとき、たまたまぼくが送ったポートフォリオが井上さんの手元に届いた。そして、そこにあった「坊主の絵」が井上さんのイメージと合致したそうです。「じゃあ、この人にお願いしよう」と。そして、修了展があるなら行ってみようというノリで来てくれた。
 もしあのとき坊主の絵を描いていなかったら、この仕事はぼくのところには来なかったでしょう

カバーと本文、2つの初仕事

――そこから、初の書籍仕事へと繋がっていくのですね。

ヤギ:はい。井上新八さんからは、その仏教本の本文イラストとカバーイラストの依頼をいただきました。面白いもので、一本の道が開けると、なぜか同時多発的に他の道も開くんです。井上さんからお話をいただいたのとほぼ同じタイミングで、ギャラリーダズルで講師をしてくださっていた別のデザイナーの先生からも、「本のカバーを描いてみないか」というオファーをいただいたんです。

 それまで何年も「自分には仕事ができない」「社会の役に立っていない」と模索していたのに、プロとしての仕事が同時に2つ、別々のルートから舞い込んできた。井上さんのほうでは本文イラストを大量に描き、もう一方では、書籍の顔である装画を描く。この2つの仕事が同時に進行していく中で、ぼくは「ああ、本当に自分はイラストレーターとして生きていくんだ」という実感を得ることができました。

――これまでの葛藤が報われた瞬間ですね。

ヤギ:ようやくスタートラインに立てたという安堵感が強かったですね。それまで週4で翻訳会社の勤務をやりながら、同時に絵を描いていたので。ただ「これでイラストレーターになれる」とは思いませんでした。フリーのライター時代に食べていけなかった経験があったから、ひとつふたつの仕事があっても食べていけるわけじゃない、と思っていましたね。

関口信介氏がくれた「心のお守り」

――ギャラリーダズルでの日々は、他にどんな出会いがあったのでしょうか。

ヤギ:ダズルの講師陣の中に、関口信介さんというデザイナーの方がいらっしゃいました。文藝春秋でデザイン部にいらっしゃった、素晴らしいデザイナーさんで、ぼくの2歳上の先輩でした。残念ながら、2018年に若くして亡くなってしまったのですが……。
 関口さんは、ぼくの人間性や、当時書いていたブログをすごく面白がってくれたんです。「ヤギさん、面白いじゃん」って。

――ブログのユーモアや、ヤギさんのサブカルチャーへの愛を見抜かれたんですね。

ヤギ:そうかもしれません。そして、関口さんはぼくに、ぽろっとこう言ってくれたんです。「ヤギさんは大丈夫です」って。この、何気ない、でも絶対的な信頼がこもった一言が、その後のぼくにとってどれほど救いになったかわかりません。

――「ヤギさんは大丈夫」。シンプルですが、深く温かい言葉です。

ヤギ:イラストレーターとして活動していると、当然、仕事が思うように入ってこない時期や、自分の描く絵に自信が持てなくなるときが何度も訪れます。「やっぱり自分はダメなんじゃないか」「このまま消えてしまうんじゃないか」と、メンタルがグラグラに揺れる。そんなとき、頭の中で、関口さんのあの一言が何度も脳内再生されるんです。
「ヤギさんは大丈夫です」
 それはまるで、心のお守りのようなものでした。その言葉を思い出すだけで、不思議と「よし、もうちょっとがんばってみよう」と思えた。関口さんがぼくの可能性を信じてくれた、その事実だけで、ぼくはイラストレーターを辞めずに、今日まで歩んでこられたんだと思います。

――ヤギさんの中には、そうした「誰かから贈られた、人生を支える言葉」がいくつかありますね。

ヤギ:はい。振り返ると、要所要所には、いつも先輩たちがくれた「言葉」がありました。大学時代、お笑い塾で出会ったワタナベアニさんがくれた「続けることが大事だよ」という言葉。それから、アニさんのインターネットラジオを手伝っていたとき、その番組の放送作家の方がぼくについてmixiで書いてくれた「世に出るべきは、ああいう人物」という謎の褒め言葉。そして、デザイナーの関口信介さんがくれた「ヤギさんは大丈夫です」という言葉。
 どれも、言った本人はもしかしたら、その場のノリや軽い気持ちで口にしたことかもしれません。でも、言われたぼくにとっては、今でも心の中にある一生ものの宝物なんです。

「貼られたラベル」は簡単には剥がれない

――「言った本人は忘れていても、言われた側には一生残る」。これは非常に深い、言葉の真理ですね。

ヤギ:本当にそう思います。ぼくが『言語化だけじゃ伝わんない』という本で書いたのは、「言葉はラベル」という表現でしたが、誰かに「お前はこういう人間だ」とラベルを貼られると、それは剥がれずにずっと心に残り続けます。
 そして、そのラベルには、良いものもあれば、悪いものもあります。不用意に投げかけられた言葉が、一生解けない「呪い」になってしまうこともある。

――言葉の「呪い」、ですか。

ヤギ:実はぼく自身、昔ある人から「こういうふうにメンタルが弱い人はどこ行ってもダメ」と言われたことがあって、それが未だに心に深く刺さっているんです。自分が何かで落ち込んだり、仕事で行き詰まったりしたときに、その言葉がふっと蘇ってきて、「ほら、やっぱり自分はメンタルが弱いからダメなんだ」と、自分で自分をもう一回刺してしまう。言葉というのは、それくらい強力な呪縛になり得るんです

――貼られたラベルは、自分自身の評価を縛り、時に凶器になってしまう。だからこそ、私たちは言葉の扱い方に自覚的でなければならないのですね。

ヤギ:ええ。だからこそ、ぼくは思ったんです。「人は誰しも、他人にラベルを貼られて生きていく。それなら、他人に言葉をかけるときは、なるべくポジティブなラベルを貼ってあげるべきなんじゃないか」って。

――それは、どういうことでしょう?

ヤギ:たとえその場の思いつきであっても、「いいな」と思ったなら、それをちゃんと相手に言う。「大丈夫だ」とポジティブな言葉をかけてあげる。

 なぜなら、そのたった一言が、その人が将来壁にぶち当たったときに、心を折らないためのお守りになるかもしれないからです。関口さんがぼくに「大丈夫」と言ってくれたように、ぼくも誰かにとっての「大丈夫」を渡せる存在でありたい。言葉は相手に貼り付いてしまう性質があるからこそ、ネガティブな言葉を投げかけるときは慎重になったほうが良い。そして、相手の中に残っても大丈夫な言葉を意識して届けていく。

 ぼくがこれまでのキャリアで先輩たちから受け取った言葉のバトンを、次の人につないでいくということかもしれません。(第5回へ続く)

ヤギワタル
1981年静岡県生まれ。制作会社にて、雑誌タイアップ広告の制作進行を務めたのち、フリーランスのライターを経験。国際情勢関連の英日翻訳をやりながら、2011年からイラストレーターの活動をスタート。現在は書籍・雑誌・広告など幅広く活動中。特に、ビジネス書や新書での挿絵や図解を担当することが多く、10年以上、活躍している。
これまで、装画・イラストを担当した書籍は200冊以上。『言語化だけじゃ伝わんない –––– 絵を描くように「考える・伝える」技術』(ダイヤモンド社)が初の単著となる。