書店を歩けば必ず見かける――。数々の話題書で装画や本文イラストを手がけるイラストレーターのヤギワタル氏をご存じだろうか。親しみのある絵柄で人気を博す彼は、どのようなキャリアで「食えるイラストレーター」になったのか。初の著書『言語化だけじゃ伝わんない――絵を描くように「考える・伝える」技術』を書き下ろし、ますます注目度の高まるヤギ氏。その全てを語るインタビュー記事。その最終回をお送りする。(構成/ダイヤモンド社・種岡 健)

【食えるイラストレーターになる方法】AIに負けない「独自のイラスト」を描き続けるコツ

スヌーピーとの出会いと「白目」

――全5回でお伺いしてきたヤギさんのキャリアも、いよいよ今回が最終回になります。前半では「お笑い」や「カメラ」といった様々なジャンルで挫折を経験し、そこからイラストレーターの道に絞られたお話をしていただきました。

ヤギワタル(以下、ヤギ):ぼくのキャリアって「あれもできない、これも向いていない」とどんどん諦めて、削ぎ落としていった結果なんです。
 でも、いろいろなことに片足を突っ込んでは「突き詰めきれずに諦めてきた」という劣等感そのものが、実はぼくのイラストレーションの根幹にある「バランス感覚」に繋がっているんじゃないかと、最近になって思うようになりました。

――ヤギさんのイラストといえば、親しみやすくて絶妙にポップなキャラクターが印象的ですが、最初からあのタッチだったわけではないんですよね?

ヤギ:全然違いましたね。高校生の頃に小説や映画の暗いカルチャーに影響されていた名残りがあって、20代の頃に描いていたイラストは、とにかくトーンが暗かったんです
 等身が高めで、白目がなくて、目がただの横線1本だったり、影に隠れて表情が見えなかったりするような絵ばかり描いていました。制作会社に勤務していたときに知り合ったデザイナーさんに見せたとき、「暗いね」とまず最初に言われたのが印象に残っています。

――その「暗い絵」から、現在のポップなタッチへと変化したきっかけは何だったのでしょうか。

ヤギ:2010年頃、翻訳会社で働きながら実家にちょくちょく帰るようになった時期があったんです。ぼくの母親がスヌーピーが大好きだったので、母の日に「スヌーピーコレクション」みたいな画集を買って送ったんです。実家に帰ったとき、その画集を見ていたら「スヌーピーの絵、いいな」と、単純に思ったんです。無駄がなくて、シンプルで、すごくポップなのに、どこか哀愁もある
「絵が暗い」と言われてから自分でも「明るいポップな要素を取り込まないと」と模索しはじめていたんですよね。スヌーピーを意識しているうちに等身は2等身や3等身に縮みました。あとは、ムーミンも参考にしています。だからキャラクターには「白目」を描くようになりましたね

――「白目」を描くことで、何が変わったのでしょう。

ヤギ:白目をちゃんと描くようになると、人間らしい感情がきちんと宿るんですよね。それまでは影に覆われていた顔に、明るい表情や親しみやすさが生まれる。
 ただ、完全に明るいポップさに振り切ったかというと、そうでもないんです。ぼくの根底にはやっぱり高校時代の「暗さ」や、ミニシアターで観た古い映画の「影」が染みついている。白目を描いてキャラクター化しても、どこか完全に明るくなりきれない、ちょっと斜めから世間を見ているようなニュンスが残る
 この「暗さとポップさの絶妙なあいだ」が、結果的にぼくの絵の最大の差別化になっていきました。

ビジネス書にハマった偶然

――その「暗さとポップさ」のバランスが、ビジネス書という今の主戦場に驚くほどハマったのですね。

ヤギ:これ、本当に面白い偶然なんです。第1回でも少し触れましたが、ぼくは大学時代に1960年代の古い映画ばかりを観ていました。あの時代の映画って、登場人物たちがみんなめちゃくちゃ格好よくジャケットやスーツを着こなしているんですよ。
 だから、ぼくの中での「格好いい男の人のデフォルト」が、60年代映画のスーツ姿になっていた。それで、イラストの営業を始めた2010年頃に、ぼく自身の好きなモチーフとして「スーツ姿の男性」をたくさん描いて、ファイルに入れていたんです。

――当時は今よりもスーツを着て仕事をするビジネスパーソンが多かった印象ですね。

ヤギ:そうなんです。ぼくはただ単に古い映画を真似して、自分が格好いいと思うスーツの男を描いていただけなのに、それを見たビジネス書の編集者からすると、「あ、ヤギさんはビジネスパーソンを描ける人だ」と映ったわけです
 もしぼくが1980年代の映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』とかを参考にして、Tシャツにジーンズの若者ばかりを描いていたら、もっとサブカル系の仕事に偏っていたかもしれません。狙ってビジネス書を攻めたわけじゃなく、ただ単に、自分の古いものへの偏愛が、たまたまビジネス書につながっただけなんです

 ちくま文庫で『悪党どものお楽しみ』という本の装画も手がけましたが、あの絵も、1920年代の大恐慌前の華やかなアメリカを舞台にしたイメージで、ハットをかぶったスーツの男性たちを描きました。古い映画を観ていなければ、あの不穏で格好いい空気感は描けなかった。

 そして、ぼくの絵にうっすらと残っている「暗さ」や「影」があるからこそ、ちょっと悪だくみをしているような表情がポップに収まるのかなと思っています。完全に明るい爽快なタッチの人でもなく、暗いタッチの絵でもない。ビジネス書というのは基本的にポジティブな内容のものが多いですが、ビジネス環境がポジティブなわけでもない。みんな何かしら悩みを抱えていて、それをポジティブにどう変換するかが多くのビジネス書のあり方だと思います。その明るさと暗さの微妙なところに、ぼくの絵がうまくハマったのかもしれません

 最近だと三宅香帆さんの『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(集英社新書)の最初の帯イラストを描きましたが、これもまさに「完全に明るいだけのテーマではない本」ですよね。現代人が直面しているちょっとしたネガティブさ、息苦しさみたいな影がある。そこにぼくの、暗すぎず、でも軽すぎないポップさが、ちょうどいいバランスでフィットしたのかなと思っています。

「突き詰めきれない」という強み

――そうしてご自身の得意なバランスを見つけたわけですね。

ヤギ:はい。とはいえ、ぼくは、「ひとつのことを突き詰められない劣等感」を強く持っています。それは、世間からどう言われようが、何年間もずっと熱狂的に追いかけ続けているような熱量が、自分にはないということです。

 お笑いでも映画でも、世間で「オワコン」なんて言われる時期があっても、その場から離れず、それを愛し続けて探求できる人が結局、数年後に実力をつけて花開いていくんです。ぼくにはその熱がない。映画も好きだし、お笑いも漫画も好きですが、ガチの専門家に比べたら圧倒的に知識が足りない。それに、基本的に他力本願で、作品を完成させられないことが多い。すぐに「これは無理だ」と変に悟ってしまう。
 あらゆるジャンルにおいて、ぼくは「極め切れていない」というコンプレックスを抱えています。

――でも、その「突き詰められないこと」が、結果的に「偏らない」というバランス感覚を生んでいるようにも見えます。

ヤギ:そうだと良いんですけどね。本を読むときも、ひとつのジャンルに偏ってきたなと感じたら、意識的に全然違うジャンルを読むようにしています。バランスを取りたいから、ひとつの場所に留まれない。

 ぼくが大学時代から愛読してきた教育学者の齋藤孝さんが何かの本で「3週間だけ専門家になる」ことを勧めていました。3週間だけ同じテーマを深く掘り下げて勉強して、それが終わったらまた別のことをやればいい、と。
 ぼくはその教えに影響を受けています。本当に3週間と区切っているわけではありませんが、歴史の本を何冊か読んだら、今度は自然科学の本を読もうとか、意識的に読むジャンルを変えていますね

 だから、いろんなことをちょっとずつかじってはいるのですが、「これは自分の適性じゃない」と引き算のように諦めているものもたくさんあります。その代表例が「デザイン」でした。以前、大和書房の『交渉学は君たちの人生を変える』という本のプロジェクトで、かなり初期の段階から関わらせていただいて、本のデザインまで挑戦したことがあったんです。

――それは大きな挑戦でしたね。

ヤギ:やってみて確信しました。「デザインは、ぼくには絶対無理だ」って。デザイナーの仕事って、本当に細かいんですよ。「この1行の空きをもう0.1mm広げるか、削るか」というような、0.1mm単位の微調整を細かくやっていく。ピンセットの世界というか、完全に緻密な「職人の技術」です。そういえばぼくは手先も不器用で、「だいたいでいいじゃん」という大雑把にしかできないんです。技術的にも。
 だから0.1ミリ単位の世界に耐えられない。だから「デザインはやっぱりプロに委ねよう。ぼくがやるべき仕事じゃない」と、明確に諦めることができました。

生成AI・グラレコへの違和感

――そのように「デザイン」や「カメラ」といった様々な適性を引き算で削ぎ落としたからこそ、ご自身のイラストの役割がよりクリアに見えるようになったのですね。

ヤギ:写真をやったことは大きいですね。イラストのライバルはまず写真ですから。実物があるなら実物を写真に撮るのが一番です。だからぼくは、イラストの役割は写真にはできないことをやることだと考えています。

 それから、本におけるイラストの役割って、装画と本文イラストでまったく違うんです。装画は、書店で「パッと目に留まること」が最大の使命なので、本当にめちゃくちゃ念を込めて、かっちりと描き込みます。緻密に描くというよりは線の曲がり具合、太さはこれがベストなのか、というように、1本ずつ線の精度を高めていくということです。
 本文イラストの役割は「わかりやすさ」と「親しみやすさ」です。だから、本文の絵を描くときは、カバーイラストよりもさらっと描いています。雑に描いているわけではなくて、ちょっと気楽に描いたときに出るその「さらっと感」が、読者にとっての敷居を下げて、親しみやすさを生むと思うんです。
 ぼくが意識しているのは、「立ち読みした読者が、イラストを見ただけで本の内容がなんとなく直感的に伝わること」です。

 ぼく自身、書店で本を買おうか迷ったときはパラパラとページをめくるのですが、そのときに目に飛び込んできたイラストで「ああ、こういう内容か」と一瞬で理解できると、買おうという最後の一押しになるんです。そういうきっかけを作れるイラストを目指しています。その勝負は一瞬なので、描く情報を整理して、読者がどこから見たらいいかを考えなくて良いように意識しています。

――それは、今の情報過多な時代において、重要な「引き算」の視点ですね。

ヤギ:前の回でも話しましたが、生成AIにテキストを読み込ませて「これ図解にして」って出力させた画像がありますよね。あれ、パッと見は「わあ、すごいきれいにまとまってる!」って圧倒されるんですけど、じっくり見ようとすると、「……で、結局これ、どこから見ればいいの?」って迷子になるんです。
 情報があまりにも等価に、ぎっしりと詰め込まれすぎていて、文章を読むよりも読み解くのが大変。あれは情報の渋滞なんです。

――たしかに、ビジュアルが綺麗であることと、情報が伝わりやすいことは別物ですね。

ヤギ:そうなんです。他人の描いたイラストや図解を見て、「なんだか読み解くのが疲れるな、意味がわからないな」と自分が感じたマイナスの感情を、すごく大切にしています。自分の仕事ではその渋滞を起こさないように、要素を整理する一目で直感的に意味が伝わる動線を考える。その役割を全うすることが、本文イラストを描くときのイラストレーターとしての役割だと思っています。

「自分だったらこうする」と思える人間が、つくり手になれる

――これまでのお話を伺っていると、ヤギさんは「他人のつくるもの」をすごく鋭く見て、それを自分の反面教師やインスピレーションに変えていらっしゃいますね。

ヤギ:それは自覚がありますね。映画監督の助監督をやっていて最終的に監督になれる人や、漫画家のアシスタントからプロの漫画家として独立できる人って、共通する資質があると思っているんです。それは、「師匠や監督の仕事を見たときに、ただ単に『すごい!』と感動するだけじゃなく、『自分だったらこうする』と心の中で思えること」です。

 何を見ても「素晴らしい!」とか「ダメだ」とか評価しているだけだと、批評家にはなれても、作り手にはなれない気がします。映画を観ているときや、小説を読んでいるときに「このシーン、自分ならこう撮る」「自分ならこう書く」と、頭の中で『入れ替え可能』なものとして捉えられるか。自分がつくるときどうするかを考えているか。
良いものを見たときに「先を越された」「悔しい」と思うのも大事ですよね。

 ぼくが映画もお笑いも大好きだったのに仕事にできなかったのは、そういう試行錯誤が足りなかったからだと思います。そもそも行動が足りてなかったという根本問題もありますが、何を観てもただ単に「おもしろい」「つまんない」とジャッジしているだけだったという反省があります。
 イラストレーターになった今は、作り手としての視点を失わないように、書店に行って他のイラストレーターの仕事を見たときに、「自分だったらどう描くか」を意識して考えるようにしています

――何者でもなかった20代の葛藤と、カルチャーへの偏愛があったからこそ、今のヤギさんのイラストが生まれたのですね。

ヤギ:本当にそうですね。お笑いでの「前提知識をずらす」という思考プロセスも、映画での「スーツを着たカットのレイアウト」も、写真での「ページをめくる構成の感覚」も、すべてが今のぼくのイラストに溶け込んでいます。
「自分には突き詰められたものが何もない」とずっと絶望していたけれど、その「偏りきれずにさまよっていた時間そのもの」が、ぼくにしかない暗さとポップさのバランスを育んでくれたと思います。仕事ができなくて迷い続けていたあの頃の自分に、「無駄なことなんてないよ」と言ってあげられる気がします。

――ヤギさんのキャリアは、今、何者かになれなくて迷っている多くの人の救いになると思いました。5回にわたる貴重なお話を、本当にありがとうございました!

ヤギワタル
1981年静岡県生まれ。制作会社にて、雑誌タイアップ広告の制作進行を務めたのち、フリーランスのライターを経験。国際情勢関連の英日翻訳をやりながら、2011年からイラストレーターの活動をスタート。現在は書籍・雑誌・広告など幅広く活動中。特に、ビジネス書や新書での挿絵や図解を担当することが多く、10年以上、活躍している。
これまで、装画・イラストを担当した書籍は200冊以上。『言語化だけじゃ伝わんない –––– 絵を描くように「考える・伝える」技術』(ダイヤモンド社)が初の単著となる。