これといった不満もないのに、なぜか毎日が味けなく感じられる……。そんなことは誰にでもあるだろう。同じように穏やかな日々を送っていても、深い充実感の中で生きる人がいる一方で、「人生がつまらない」と嘆き続ける人もいる。両者を分けているものは、いったい何か。ジェームズ・ベイリー著『人生の意味――世界のあらゆる一流に教えてもらった105の答え』は、さまざまな人物の言葉から、その分かれ目にあるたった一つの姿勢を教えてくれる。(ダイヤモンド社書籍編集局・三浦岳)

「人生がつまらない」という人の特徴・ワースト1Photo: Adobe Stock

目の前のものをしっかりと見ているか?

 毎日が退屈で「人生がつまらない」と嘆く人がいる。一方で、たいしたことがなくても人生を楽しく生きている人もいる。その違いはどこにあるのだろうか?

 一つ言えるのは、どこかにあるかもしれない「人生の意味」や目的などについて複雑に考えすぎていると、いまここに存在しているという奇跡を見落としてしまいかねないということだ。実存的心理療法士のサラ・クブリックは、意味を複雑に捉えすぎる人々へこう問いかける。

 私たちは意味の探求を必要以上に複雑にしてしまうことがあります。
 でも、ちょっと考えてほしいのです。
 もし「意味」が、導きや啓示のような壮大なものではなく、日常のささやかな瞬間に見つかるものだったらどうでしょう?
 私たちの人生をつくっている無数の選択や経験、行動、たとえばなにげない会話や、1杯の紅茶、優しいキス、走り書きのメモ、そういったものが人生の意味なのだとしたら?
 もしいまこの瞬間に意識を集中させて、自分という存在の価値を感じ取る能力こそが、人生の意味なのだとしたらどうでしょう? ――『人生の意味』より

 毎日のなにげない会話や1杯の紅茶に意識を集中させ、存在の価値を感じること。それこそが「人生を楽しむ」ことだというのだ。

 しかし、毎日がつまらないと感じる人は未来の不安や過去の栄光に囚われ、いまここにある幸せを無視してしまっている。

「いま」を味わっていないから退屈に感じる

 ピュリツァー賞受賞記者のチャールズ・デュヒッグは、意味など知る必要はなく、ただ存在している幸運を味わうべきだと語る。

 人生の意味なんて知らなくてもいい。
 このすべてに何の目的があるのかなんて、知る必要はありません。
 ただ健康で安全で(おおむね)幸せでいられることそれ自体が、驚きと畏敬の念と謙虚な気持ちをくれる贈り物です。
 私はそれについてとやかく言うつもりも、むざむざ壊すつもりも、ケチをつけるつもりもありません。
 ただただこの幸運が続くことを願い、みんなでこの喜びを分かち合えるよう努めるだけです。――同書より

 人生をつまらなくしているのは、退屈な環境ではなく、いまを楽しもうとしない自分自身の姿勢である。もしつまらないと感じたら、壮大な目的を探すのをやめ、日常のささやかな瞬間に意識を集中させてみるべきだ。それだけで、退屈な毎日は深い充足感に満ちたものへと変わり始める。