回鍋肉は肉をもう一度
鍋に戻して作る
そんなとき、中国人男性らと一緒に、東京・本郷にある四川料理店『栄児家庭料理』を訪れた。
この中国人男性は広東省東莞市の出身。高校卒業後、アメリカの大学に進学し、私が出会ったときは東京大学の大学院に在籍していた。
この男性と知り合ったのは偶然の出会いからだ。私はその数年前、雑誌の取材で東莞市にある工場を訪問した。男性の母親(女性社長)が経営する工場だ。母親と私は意気投合、母親の仕事関係者に、私と同郷の人がいることなどが判明した。
その後、その男性、同郷の日本人と3人で同店に食事に行った。その店は四川省出身の母親の大学時代の同級生が営む店、というつながりだった。
そこで回鍋肉を食べてみることにした。待っていてくれたのは経営者の中国人女性だ。四川省成都市の郊外で生まれ、大学卒業後、来日して日本人と結婚した。店名の『栄児』はご自身の幼い頃の愛称だという。
この女性は四川省で食べた母の味を日本に伝えたいという気持ちでお店を開いたという。アツアツの料理を口に運びながら、いろいろ教えてくれた。以下はその女性の解説だ。
「回鍋肉という料理はね、『もう1回、鍋に肉を戻す』という意味なんですよ。鍋を回すわけじゃありませんよ(笑)。中国語で『回』は『帰る』『戻る』などの意味です。材料は豚バラ肉とニンニクの葉で、調味料は豆板醤です。日本では最初からカットされている豚バラ肉を使う人が多いですが、四川省では、豚の塊肉を鍋で煮て、それを取り出して薄く切り、生姜や豆板醤とともに再び鍋に戻し入れ、ニンニクの葉と一緒に炒めます。調理方法はいたってシンプル。調理方法がそのまま料理名になっているんです。
四川省の家庭ではよく作る平凡な料理で、別に凝ったものではありません。昔はどの家庭でも、豆板醤などの調味料は自家製でした。だから、家庭によって味が少しずつ違うんです」
この女性が作ってくれた回鍋肉を食べたら、昔四川省で食べたのと近い味がした。
女性によると、アメリカの中華料理店でも回鍋肉にはキャベツを使用することが多く、やはり、海外ではニンニクの葉があまり入手できないことが理由のようだった。
中国野菜の流通が
本場の回鍋肉を身近にした
この話を聞いてから数年が経ち、今ではガチ中華が全盛を極めている。
ガチ中華の店で使う食材の中国野菜は、在日中国人が経営する関東近郊の農家で栽培されていることが多い。
以前は、青梗菜(チンゲンサイ)など日本でポピュラーな野菜は日本の農家で作られていたが、在日中国人が増えた影響で、農場を経営する中国人が増えてきたのだ。栃木県、茨城県などにあり、観光を兼ねて農場内に入れるところもある。
『中国の回鍋肉にキャベツは使わない 中華料理から見つめる日本と中国』(中島 恵、ウェッジ)
農家で生産された香菜、空心菜、青梗菜などの中国野菜はガチ中華の店に納められたり、在日中国人の家庭に通信販売で直接送られたりするが、一般の日本人も池袋の中華食材店などに行けば購入できる。
そんな便利な時代になったので、以前よりもニンニクの葉を使った回鍋肉が食べられる機会が増えた。
ニンニクの葉をあまり見たことがない日本人が「本物の回鍋肉」を見たら、「なぜキャベツじゃないの?」と逆カルチャーショックを受ける……なんてことはないだろうが、中華料理好きな人なら、「その違い」にすぐに気がつくかもしれない。
しかし、日本人にとっての回鍋肉の野菜といえば、これから先もずっとキャベツなんだろうな、と思う。







