『孫子』を情報工作にどう応用?
スパイ研究者による6つの提言
もっと面白いのは、2023年1月に発表された『孫子』の「用間篇」に関連する論文だ。用間とは、スパイを用いることである。
この研究には、福建省習近平新時代中国特色社会主義思想研究センターという組織から、サイバー・ディスインフォメーション研究の名目で資金が提供されている。筆頭著者の周家駒は中国人民公安大学の国家安全学院に所属する人物だ。
中国語でいう「国家安全」は、ほぼインテリジェンス分野を指す概念である。
つまりこの論文は、中国のスパイ研究機関の内部の人物が、ほぼ公費による研究を通じて、『孫子』が教えるスパイ活用論を現実の情報工作に応用する方法を論じた文書なのだ。
論文の主な提言内容を、以下に箇条書きで挙げよう。
・いかなる情報源も疎かにしてはならない。
・ただし、単一の情報源に依拠してはならない。
・制度的に保証された高度な諜報システムを確立せよ。
・賢い人間をスパイにせよ。
・スパイには十分な報酬を与えよ。
・機密保持のためには、作戦指導者と個人的に親しい人物をスパイにするのが望ましい。
最後の項目は、コネが重視される中国ならではだ。
ちなみに、近年は福建系の公安組織が国際インテリジェンスの舞台で活発に活動する例が多い(この論文の研究資金の提供元も福建省の機関だ)。
2023年、日本の秋葉原に設置が確認された中国警察の海外拠点(通称「海外派出所」)も福建省福州市公安局の傘下である。福建省はかつて習近平が約20年も勤務した土地で、彼やその寵臣の蔡奇(党内序列5位。福建省出身で国家安全委員会主任)らにとって「親しい人物」が多いため、諜報活動の窓口として使いやすいのだと考えられる。
『孫子』の「用間篇」で
最も重視される「反間」とは?
ところで、『孫子』の「用間篇」はスパイ活動を因間(敵国の民間協力者の利用)、内間(敵国の官吏の協力者の利用)、反間(敵国のスパイの逆利用)、死間(自国のスパイを通じて敵国を動かす情報活動)、生間(敵国に繰り返し潜入する情報活動)の5種類に分けている。
『中国ぎらいのための中国史』(安田峰俊、PHP出版)
論文の著者の周家駒たちは、5種類のうち「反間」を最も重視せよとも述べている。
つまり、敵国のスパイを買収して、そこから敵国の意図を知ったり協力者を増やしたりする戦略のことだ。現実の運用では、買収まではできなくとも、敵側のスパイ網に連なる人物を摘発・拘束して情報を得ることも含まれるだろう。
中国は2014年に反スパイ法を施行して以降、理由を明確に説明しない形でしばしば外国人を拘束している。日本人も、少なくとも17人が拘束された。日本側の報道によれば、被害者の一部は日本のインテリジェンス機関である公安調査庁の協力者だったとされる。
通常、インテリジェンスの世界における軽度のスパイは「お互い様」なので、捕まえずに泳がせるのが不文律だという。それを破る形での摘発が相次いでいるのは、近年の中国の公安部なり国家安全部なりで、『孫子』の反間が意識されているせいかもしれない。







