評価基準が曖昧になると、従業員の中で「何をすれば評価されるのかわからない」という不透明感が広がっていきます。これは不幸せ因子である「評価不満」を直撃するものです。
また、競争主義の導入で、職場での人間関係や空気も大きく変わりました。隣の席の人の成果が高ければ、相対的に自分の評価が下がる構造になったため、「同僚は仲間」から「同僚はライバル」へと認識がシフトしました。そうなると、助け合いや情報共有が減ります。その結果「チームワーク」因子が損なわれ、協働不全が起きます。
もちろん、かつての家族主義にも問題はありました。年功序列による不公平、強い同調圧力、女性の排除など。しかし、家族主義から競争主義への転換は、古い問題を十分に解決しないまま、新しい不幸せを生み出してしまったと言えないでしょうか。
日本に本当に必要だったのは、家族主義の良い面(助け合い、安心感、長期的な視点)を残しつつ、悪い面(非効率、排他性、硬直性)を改善することだったのではないかと思います。「どちらかを選ぶ」のではなく、「いいとこ取り」をする柔軟さこそが、今の職場には求められています。
私生活に口を出す
お節介な上司は必要だった!?
「家族主義は古い。もうやめよう」。そう言い切ってしまう前に、一度立ち止まって考えてほしいことがあります。
かつての日本企業には、社内運動会や社員旅行があり、社員旅行には家族も参加しました。上司は部下の家庭の事情にも気を配り、何か困ったときには相談に乗るような場面も少なくありませんでした。今では「公私混同」と批判されそうなこうした文化ですが、幸福学の観点から見ると、実は合理的な面があったのです。
なぜかというと、従業員の幸福度を高めるには、仕事に関する満足だけでは不十分だからです。パートナーや家族との関係、家庭の安定、余暇の充実──そういった私生活のさまざまな部分も含めて、人生全体が幸せであることで、仕事のパフォーマンスも高まります。







