世界的に知られるブドウジュース「ウェルチ」。その誕生の背景には、じつはアメリカの宗教観と禁酒運動が深く関わっていました。なぜワインではなく、アルコールを含まないブドウジュースが求められたのか。そして、その禁欲的な思想は、なぜやがて国を動かし、禁酒法の制定へとつながったのか。身近な一杯を入り口に、現代アメリカ社会の根っこを読み解きます。『地図で学ぶ深読み世界史』の著者で、世界史講師の伊藤敏氏による寄稿記事です。

【大人の教養】禁酒法はなぜ生まれた? 「ブドウジュース」から読み解くアメリカの正体Photo: Adobe Stock

「ウェルチ」はなぜブドウジュースを生み出したのか?

 本日は、世界的に知られる「ある飲料」を出発点に、現代アメリカ社会の根幹に迫っていきます。

 さて、みなさんは「コンコード・グレープ」というブドウをご存じでしょうか? コンコード・グレープは1849年に、アメリカ合衆国北東部のマサチューセッツ州コンコード市で開発された品種で、まもなく同州ボストンの博覧会で最優秀賞を受賞すると、1923年までに北米で最も普及したブドウと称されるまでになります。コンコード・グレープの特徴は、しばしば皮の表面がワックス(蝋皮)で覆われる一方で実から剥がれやすく、またムスク(麝香)に似た癖のある甘い香りを醸します。

 この開発されたばかりのコンコード・グレープに、ある人物が注目します。この人物は、摂氏100℃に満たない、比較的低い温度でコンコード・グレープを殺菌し、完全ではないものの人体の害の無い程度にブドウ中の微生物の数を減らす技術を編み出します。

 これは「低温殺菌」と呼ばれ、既に1864年にフランスの生化学者・細菌学者であったルイ・パストゥール(1822~95)によって確立された技術を応用したものでした。低温殺菌によって発酵が防がれたコンコード・グレープの果汁はそのまま飲料として利用され、これが今日知られる濃縮ブドウジュースの直接の起源となったのです。このブドウジュースを1879年に生み出したその人物の名を、トマス・ブラムウェル・ウェルチ(1825~1903)と言います。

 ウェルチの開発したブドウジュースは「ウェルチ博士の未発酵ワイン」と呼ばれ、ウェルチはまもなくブドウジュースの普及を目的に会社を興し、これが今日もブドウジュースやブドウ食品で知られるウェルチ社Welch’sの創業となったのです。

ワインではなく「ブドウジュース」が求められた意外な理由

 さて、ウェルチはなぜブドウジュースの開発に当たったのでしょうか? その背景は、彼が入信したウェスレアン・メソジスト教会にありました。ウェスレアン・メソジスト教会とは、18世紀イギリスで勃興したプロテスタント(新教)系の宗派で、規則正しい生活手法(メソッド)をその最たる特徴とするものです。

 一般にメソジスト教会はルター派の教義に近く、カルヴァン派の予定説(万人の救済か否かは予め神によって決められている、という主張)は採用しないとされます。一方で、初期のメソジスト教会にはカルヴァン派の立場に立った指導者も少なくなく、またメソジスト教会がイングランド国教会(カルヴァン派の教義を採用)から分離して成立した派閥であることから、その影響はわずかながらも窺うことができます。

 そもそもルター派やカルヴァン派といったプロテスタント諸派の根幹は福音主義にあり、これは聖書第一主義とでも言い換えうるもので、聖書の記述を字義通りに受容・実践しようという考え方です。なかでもカルヴァン派は「勤労」と「清貧(あるいは禁欲)」という2つの信条を旨としており、イングランドでは清貧を旨としたことで「ピューリタン(清教徒)」と蔑まれました。

 そのピューリタンは17世紀初頭に北米に渡り、現在もマサチューセッツ州を中心とする合衆国北東の諸州は「ニューイングランド」と称され、ピューリタン(カルヴァン派)の教義の影響が色濃く残る地域となっています。

 ウェルチの入信したウェスレアン・メソジスト教会もまた、設立当初より禁欲的な教義の特徴が見られ、なかでもこの派閥は酒類の製造、購入、販売、使用に厳格に反対していました。実際、1864年にメソジスト監督教会(ウェスレアン・メソジスト教会の本家筋に当たる派閥)は、教会の儀式でブドウの果汁を使用するよう推奨したのです。プロテスタント諸派では聖餐(カトリックのミサに相当)でワインが使用されるため、ワインに代えてアルコールの含まれないブドウ果汁の使用を広めようとしたのです。

「酒をやめろ」が国を動かした、アメリカ禁酒運動の正体

 アメリカ合衆国ではこうした禁欲的な社会現象や政策が時折表出し、なかでもニューイングランドのピューリタン(カルヴァン派)やメソジスト教会の影響が強い北部は、南北戦争(1861~65)に勝利するとその政治的な影響力を強めます。

 19世紀末に合衆国が革新主義(カルテルやトラストといった独占資本を背景とする政治不正を浄化しようという動き)の時代を迎えると、酒の場がカルテルやトラスト談合の温床と見なされ、メソジスト的な禁酒運動が高揚し、これは1919年に禁酒法の批准が始まります。しかし、禁酒法は酒の違法取引を促し、ギャングやマフィアの台頭を許し、治安の悪化が問題となったことから、1933年に廃止されます。

ブドウジュースから見えてくる「アメリカ社会の根っこ」

 近代アメリカ史、ひいては現代アメリカ社会を見る上で、キリスト教なかでも福音主義は見落とすことはできません。ウェルチによるブドウジュースの開発とその背景に控える禁酒運動は、こうしたアメリカ社会における聖書の役割を雄弁に物語る一例なのです。