大佐の警戒心を解くために、同席していた署員と通訳には退席してもらい、1対1の対話に切り換えた。A国大使館が不退去罪の被害届を出すつもりはないことは確認できていたので、大佐はもう「被疑者」として扱う必要はなくなっていた。ここから先は、人道的見地からの事情聴取だった。

保護し続けることもできない
大佐の身柄をどうしたものか

「あんな行動に出てしまった以上、もう隠せないことなのでしょう……」と大佐は腹を決めたように言った。

「私はバラン師のサポーターです。現時点ではまだ当局に知られていないと思いますが、いずれ発覚するのは時間の問題だったでしょう。遅かれ早かれ、すべてが終わりになったと思います。だから私は、バラン師のいるA国に亡命を求めたのです。故国に残してきた家族のことは心配ですが、私がいてもいなくても降りかかるものはおそらく同じだったでしょう」

 大佐の表情は苦悶に満ちていた。苛烈を極めるバラン派狩りの現状を見れば、自分に下される処分は、ただ職を失うだけといったレベルでは済まないはずだと彼は予測していたようだ。

 私は大佐の身柄をどうするか思案した。このまま身柄を解放するという選択肢はあり得なかった。命の危険がある以上、保護しなければならない。私は上司に経過を報告し、シェルター(避難所)を手配することにした。

 2日目は、朝から警視庁と警察庁を何往復かして、上層部への報告と対応協議に時間を費やさねばならなかった。方針が定まったのは、午後も遅い時刻になってからだった。

 やはり、大佐の身柄は最終的に彼の故国に引き渡すしかない――これが私たちの結論だった。公用旅券で渡航した人物の身柄をいつまでも押さえておくのは主権侵害と言われかねない。それに、彼の国の法執行機関が彼に法の裁きを与えようとするのであれば、その公正さはともかくとして、日本の警察がそれを妨げるのはやはり筋違いだろう。何より大佐自身が、もはや故国に戻るしかないという気持ちに傾いている様子だった。

 ただし、このまま彼を大使館に引き渡したら、私たちが容易に手出しできない大使館内で、どのような制裁が彼に加えられるかわかったものではない。実際に海外では、中東某国の政府にとって邪魔なジャーナリストが、他国にある総領事館内で殺害されるという事件が起きている。そうした不法行為をどうやって防げばいいのだろう。