大佐の生存確認のために
公安が考えた手段とは

 そこで私たちは一計を案じた。日本で暮らしている大佐の国出身の人たちの中にもバラン派がいる。そうした日本国内のバラン派コミュニティに大佐のことを知らせるのだ。そして、大佐が大使館に入った後、バラン派の人たちが定期的に大使館に電話したり訪問したりして、大佐のプルーフ・オブ・ライフ(Proof of Life =POL、生存の証明)を示すよう大使館側にしつこく求めてもらう。

 もしも大使館側が大佐の安否について回答を拒んだり、途中でPOLが取れなくなったりした場合、バラン派はただちに世界中の人権擁護団体やマスコミに訴えて大使館の非道を糾弾することになる。そうやって圧力をかけ続ければ、さすがに大使館もおかしなことはできないはずだ――と、このようなシナリオだった。

 このプランを実行に移すか否かは大佐の意向次第なので、私は大佐に会いにシェルターに戻った。

「日本国内のバラン派にあなたのことを教えることを希望しますか」

 大佐に尋ねたところ、彼は即座に「希望します」と答えた。

「そんなことまでやってくれるのですか。本当に感謝します」

 その日の夕刻、東京都千代田区の帝国ホテル1階のラウンジで、私は浅黒い肌の男性と向かい合った。男性は、大佐の国から日本に来た人たちの団体の副会長で、在日経験が長く、日本におけるバラン派のリーダー格と見られる存在だった。

 私は声を潜め、前日からの経緯をかいつまんで説明した。開けた場所のほうが会話を盗聴されにくいので、あえてこのラウンジを会合場所に選んだのだ。

「その大佐は、本当にバラン派と信じていいのでしょうか……」

 副会長は最初のうち警戒の色を露わにした。私が大佐の言動などについて説明すると、やがて疑いは解けたようだった。

「わかりました。われわれの同志である大佐の身を案じてくださって、心から感謝します」

 副会長は英語まじりの日本語で言った。

「POL確認の件、お願いできますでしょうか」

「任せてください。大佐の身柄が大使館内にあるうちは、必ず安全が確保されるよう、私たちがしつこくPOLを示すよう大使館に要求し続けます」

公安警察はなぜ「不当」に近い
やり方で大佐を守ったのか

 警察官は保護対象の人物の情報を外部に漏らすべきではないし、もっと言えば、情報を漏らすことによって他国の政府機関に圧力をかけるなんて、警察官の職務を逸脱したやり方であり、「不法」または「不当」と言われても仕方のないことだろう。

 犯人の検挙に全力を注ぐ「刑事警察」とは少し違い、犯罪を未然に抑止するために知恵を絞るのが「公安警察」の特徴だ。そのために深謀遠慮を張りめぐらし、多少は不当なことにも手を染めるのを辞さない――これはまさに、古くから受け継がれてきた「公安的発想」そのものだと思う。

 翌日、大佐を大使館に引き渡すことになった。亡命未遂から3日目のことだ。

 大使館に着くと、駐在武官と補佐官が迎えに出てきて、私と大佐は2階の会議室に案内された。

「では、これで」

 引き渡しを終えて私が立ち去る時、心ここにあらずといった顔だった大佐がこちらを振り返り、私に軽く手を挙げた。万国共通の別れのあいさつ。それが大佐の姿を見た最後だった。

 私はその後も、帝国ホテルで会ったバラン派のリーダー格の男性と連絡を取り続けた。大使館の安全を守るためにも反対勢力の動向に目を配っておく必要があったからだ。バラン派は私との約束を守り、大使館に対してしつこく大佐のPOLを取り続けてくれた。おかげで大佐が出国直前まで無事だったことは確認することができた。

 しかし、大佐の身柄が本国に戻されて以降、消息はつかめなくなった。