壁に向かいうつむくスーツ姿の男性写真はイメージです Photo:PIXTA

人気ドラマ『VIVANT』で公安監修を務めた元公安警察の勝丸円覚氏が、現役時代に遭遇した緊迫の亡命事件を明かす。ある日、勝丸氏のもとに「日本への亡命を求める男性が大使館に駆け込んだ」との連絡が入った。現地に向かうと、そこにいたのは、中東某国の公用旅券を持つ国軍大佐。故国に戻れば命を狙われる可能性がある一方、日本の警察がいつまでも身柄を保護し続けることもできない。そこで公安警察が考えたのが、大佐の身の安全を確保するための異例の策だった。政治亡命をめぐる緊迫したやり取りと、公安独自の「発想」とは。※本稿は、勝丸円覚『警視庁公安部外事課 スパイ・テロを水面下で阻止する組織の実態』(光文社)の一部を抜粋・編集したものです。

中東某国の在日大使館に
駆け込んだ男は亡命を求めた

 ある年の秋、出先にいた私の携帯電話にA国の大使館から「至急連絡が欲しい」とのメッセージが入った。

 相手はA国大使館の警備を統括する職員だった。「本日、中東某国の男性が当大使館を訪れ、当国への亡命を希望した。こちらが本国と対応を協議し、受け入れを拒否すると男性に伝えたところ、男性は館内に居座って退去を拒み続けている」という。

 退去を拒む行為は日本の刑法の不退去罪にあたる。大使館内は「外交関係に関するウィーン条約」により不可侵だが、大使の同意があれば館内の違法行為を取り締まることができる。

 このような場合、警察官が行って居座る男を摘まみ出せば済むことだが、相手が亡命を図った人物となると話は違ってくる。

 祖国を捨てた亡命者は、裏切り者として祖国から命を狙われることもある。また、政治亡命の受け入れは国家間の軋轢を生み、とても微妙な問題をはらむので、亡命事案は現場の判断だけで取り扱うべきではない。警視庁では、亡命絡みの事案は原則としてすべてトップの警視総監にまで報告を上げねばならないとされている。