企業の不祥事や品質偽装などのスキャンダル。一度失墜した信頼を取り戻すのは容易ではないが、絶体絶命の危機から奇跡のV字回復を遂げた組織には共通する行動がある。言い訳や小手先の対策ではなく、彼らが「真っ先に」実行したこととは何だったのか。ワイン専門家である水上彩氏の著書『15か国・地域を飲んで旅する ワインの世界地図』から、過去の最悪な不祥事を乗り越え、逆に世界最高クラスの信頼を勝ち取ったワイン産地の見事な危機管理と逆転の戦略を紹介する。(構成/ダイヤモンド社書籍編集局)

信頼を失ったら、一流の組織が真っ先にすること・ベスト1Photo: Adobe Stock

信頼を根底から破壊した「最悪のスキャンダル」

 企業や組織において、たった一度の不祥事が致命傷になることは珍しくない。

 万が一、顧客の信頼を根本から裏切るような事態が起きた時、組織はどう対応すべきなのだろうか。

 ワインジャーナリストの水上彩氏も、著書『ワインの世界地図』の中で、かつて最悪のスキャンダルを起こした国について次のように述べている。

オーストリアのワインに向き合うと、どこか背筋が伸びるような清々しさを感じます。オーストリアは、スキャンダルを見事に乗り越えた、今やワイン界の「優等生」。味わいもクリスタルのように洗練されています。
そのスキャンダルとは、1985年に起きたジエチレングリコール(不凍液)混入事件です。
安価なワインに甘みとコクを足し、高級品に見せかけるために、あろうことか人体に有害な不凍液の成分を混ぜていたのです。
ニュースは世界を駆け巡り、オーストリアワインの信頼は瞬く間に失墜。まさに世間を震撼させた出来事でした。
――『15か国・地域を飲んで旅する ワインの世界地図』より

 世界中の消費者を敵に回し、業界全体が消滅してもおかしくないほどの絶体絶命の危機である。

小手先の言い訳を捨て、自らに「厳しいルール」を課す

 しかし、このどん底からの対応こそが、危機管理における「一流」の振る舞いだった。

 水上氏は、彼らが言い訳に走るのではなく、真っ先に実行した劇的な改革について解説している。

ここからの逆転劇が、何よりドラマチックです。彼らが選んだ再建の道は、小手先の言い訳ではありませんでした。スキャンダル翌年の1986年には早くも、「世界で最も厳しい」とも称されるワイン法を制定し、自らに厳しいルールを課したのです。
具体的には、すべての高品質ワインに、国の厳格な化学分析とテイスティング審査を義務付けました。
合格したワインのキャップには、赤・白・赤のオーストリア国旗がデザインされたシール(バンデロール)が貼られます。これは「二度と不正はしない。国が品質を完全に保証する」という、消費者への強い誓いでした。
――『15か国・地域を飲んで旅する ワインの世界地図』より

 失われた信頼を取り戻す唯一の方法は、誰の目にも明らかな形で「二度と不正ができない仕組み」を作ることだ。

 彼らは自らの首を絞めるほど厳格なルールを課すことで、本気の誠意を示したのである。

「目先の利益」を手放し、奇跡のV字回復へ

 彼らの改革は、単なる監視体制の強化だけにとどまらなかった。

 水上氏は、組織の体質そのものを根本から変えた「痛みを伴う決断」についても触れている。

さらに、ぶどうの収穫量の上限を法律で厳しく制限することで、目先の利益を手放し、一粒一粒の品質と凝縮感を強制的に高める改革を断行したのです。まさに「量から質」への大転換です。
徹底した誠実さは実を結び、低迷した輸出量は徐々に回復していきました。特筆すべきは、輸出額が実に6倍にも跳ね上がったことです。
今や世界中の消費者が、オーストリアの高品質なワインに喜んでプレミア価格を支払っています。
――『15か国・地域を飲んで旅する ワインの世界地図』より

 危機に陥った時、三流の組織は言い訳をして目先の利益を守ろうとする。

 しかし一流の組織は、真っ先に自らへ厳しいルールを課し、過去の悪習を断ち切ることで、かつて以上のブランド価値を生み出すのだ。

 これこそが、あらゆるビジネスパーソンが胸に刻んでおくべき、究極の危機管理の教養と言えるだろう。

水上 彩(みずかみ・あや)

ワインジャーナリスト/コラムニスト
1986年生まれ、神奈川県鎌倉市育ち。お茶の水女子大学理学部卒業後、大手通信企業を経てワイン業界へ。世界最大のワイン教育機関WSETが認定する、国内でも取得者の少ない最難関資格「Level 4 Diploma」を保持。
『Forbes JAPAN』オフィシャルコラムニストとして、ワインをビジネスや文化の視点から紐解く一方、国内外の産地を精力的に訪問し、ストーリーを丁寧に紡ぐ執筆活動を展開。スーパーで手に入るデイリーワインからハレの日の1本まで等しく愛し、初心者目線の解説に定評がある。また、茶道や着物を日常に取り入れたライフスタイルを実践し、ワインと日本の美意識を交差させた独自の楽しみ方を発信している。趣味はアルゼンチンタンゴ。