ワインといえば、きれいにラベルが貼られたガラス瓶に入っていて、特別な日にグラスに注いで楽しむもの。そんな日本の常識を根底から覆すような風景が、イタリアには存在する。地元の人々が空のポリタンクを持参し、まるでガソリンスタンドのようにホースでワインを注ぎ込んでいるのだ。ワインジャーナリストである水上彩氏の著書『15か国・地域を飲んで旅する ワインの世界地図』から、日本人が知らないイタリアのリアルなワイン文化と、古代ローマから続く歴史のロマンを紹介する。(構成/ダイヤモンド社書籍編集局)
写真:水上彩
古代ローマの風が吹く南イタリア
美しいガラス瓶に入ったワインを、レストランで気取って飲む。
そんな日本のワインのイメージとはまるで違う、地元の人々のリアルな生活風景がイタリアにはある。
ワインについて文章を書く仕事をしている水上彩氏も、著書『ワインの世界地図』の中で、南イタリアで出合った不思議な空気感について次のように述べている。
古都ベネヴェントの街を歩くと、トラヤヌス帝の凱旋門が今もなお生活に溶け込んでいます。ここは古代ローマ時代、「すべての道はローマに通ず」と謳われたアッピア街道の、最も重要な宿場町の一つでした。
――『15か国・地域を飲んで旅する ワインの世界地図』より
街角に現れた「ワインのガソリンスタンド」
古代ローマの歴史が息づくこの街で、著者は思わず目を疑うような光景に遭遇する。
それが、地元の人々にとっての「日常」を象徴する場所だった。
「レギュラー満タンで!」そんな声が聞こえてきそうです。ただ液体は、ガソリンではなく地元のワイン。1リットル数百円。水やガソリンと同じ感覚で、ワインを汲み上げる。
ワインはもはや嗜好品ではなく、血液(必需品)なのだと感じた瞬間でした。
――『15か国・地域を飲んで旅する ワインの世界地図』より
日本では到底考えられない、豪快で生活感にあふれた光景だ。
彼らにとってワインとは、特別な日の嗜好品ではなく、毎日の食卓に欠かせない「水」や「ガソリン」と同じ生活必需品なのである。
写真:水上彩
2000年前の「ポンペイ」から続くロマン
実はこの風景、今に始まったことではない。
著者は、ポリタンクにワインを注ぐ現代の人々の姿に、はるか昔の古代都市の活気を重ね合わせている。
今でこそ悲劇の遺跡として有名なポンペイですが、紀元79年のヴェスヴィオ火山の噴火で埋もれる前は、ワインの輸出で莫大な富を築いた、「古代のボルドー」とも呼べる巨大なビジネス都市でした。
街には120軒もの居酒屋(テルモポリウム)がひしめき合い、古代ローマ人たちが毎日のように壺(アンフォラ)へワインを注いでもらっていたといいます。
目の前でワインを汲み上げるこの熱気も、きっと2000年前のポンペイの街角とまったく同じだったのでしょう。
――『15か国・地域を飲んで旅する ワインの世界地図』より
ポリタンクが古代の壺(アンフォラ)に変わっただけで、人々の生活の根底にあるものは2000年前から何一つ変わっていない。
一杯のワインの向こう側に、そんな悠久の歴史と人々の営みが透けて見えるのも、ワインという飲み物の大きな魅力なのだ。
ワインジャーナリスト/コラムニスト
1986年生まれ、神奈川県鎌倉市育ち。お茶の水女子大学理学部卒業後、大手通信企業を経てワイン業界へ。世界最大のワイン教育機関WSETが認定する、国内でも取得者の少ない最難関資格「Level 4 Diploma」を保持。
『Forbes JAPAN』オフィシャルコラムニストとして、ワインをビジネスや文化の視点から紐解く一方、国内外の産地を精力的に訪問し、ストーリーを丁寧に紡ぐ執筆活動を展開。スーパーで手に入るデイリーワインからハレの日の1本まで等しく愛し、初心者目線の解説に定評がある。また、茶道や着物を日常に取り入れたライフスタイルを実践し、ワインと日本の美意識を交差させた独自の楽しみ方を発信している。趣味はアルゼンチンタンゴ。








