奈良県にある大和郡山城趾。筒井順慶が築城し、羽柴秀長が大規模拡張した Photo:PIXTA
歴史はエンターテインメント!かしまし歴史チャンネルへようこそ。四国平定の恩賞として大和一国を与えられた羽柴秀長(演:仲野太賀)は、和歌山城から奈良の大和郡山城へと拠点を移します。しかし、そこに立ちはだかったのが、興福寺を始めとする寺社勢力でした。寺社勢力との駆け引き、大和郡山城の改築、検地……ドラマでも描かれていたように、秀長は大和で領国経営の才能を発揮していきます。のちの「太閤検地・刀狩り」にもつながる、秀長の戦場の外での活躍を紹介します。(かしまし歴史チャンネル/川合章子)
羽柴秀長、大和の領主になる
もし、あなたが突然、70万石を超える巨大な領国の領主になったら、まず何をしますか?
城を造るでしょうか。
商人を集めるでしょうか。
それとも、反発する勢力を抑えるでしょうか。
天正13年(1585)閏8月、豊臣秀長はまさに、そんな難しい仕事に直面することになります。
秀長は大和国を与えられ、すでに支配していた紀伊・和泉の一部と合わせ、巨大な領国を持つ大名となりました。
しかし、領地をもらったといっても、それで終わりではありません。
そこから始まるのが、城を整備し、人を集め、商業を発展させ、家臣を配置し、既存の勢力を抑えながら、うまく領国を運営するという仕事です。
大和の領主となってからの秀長を見れば、秀吉の片腕として戦う武将以外の、領地を治める知将としての秀長のもう一つの顔が見えてくるはずです。
秀長は四国平定の恩賞として大和一国を与えられた (C)NHK 拡大画像表示






