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なぜボルドーのワイン業界は、完成前のワインを販売するのか?Photo: Adobe Stock

商品が届くのは約2年後なのに、
先に代金を払う理由

 高級ワインの世界には、まだ瓶詰めされていないワインを先に購入する「プリムール」という販売方法があります。

 対象となるのは、収穫と発酵を終え、樽の中で熟成している途中のワインです。

 購入者は先に代金を支払いますが、その場で商品を受け取れるわけではありません。ワインが樽の中で熟成し、瓶詰めされて出荷されるまで、長い期間待つことになります。

 販売時点では、完成したボトルもラベルもなく、当然、自宅で飲んで味を確かめることもできません。

「なぜ、完成してから販売しないのだろう?」
「実物が届くまで何年もかかる商品を、なぜ先に買う人がいるのだろう?」

 そう思う人もいるでしょう。

 実は、この仕組みには、生産者と購入者の双方にメリットがあります。

 生産者は、ワインが完成する前に販売代金を得ることで、熟成や瓶詰め、次の年のブドウ栽培などに必要な資金を早く確保できます。

 購入者は、市場に出てからでは入手しにくい希少なワインを、早い段階で確保できる可能性があります。

 つまり、ボルドーのプリムールは、まだ完成していない商品を売っているのではありません。生産者は「将来完成するワインを受け取る権利」を販売し、購入者は「完成前からそのワインを確保できる機会」を買っているのです。

ワインは収穫しても
すぐに売上にならない

 ワイン造りには長い時間がかかります。ブドウを育て、収穫し、選果して発酵させた後も、すぐに瓶詰めして販売できるわけではありません。

 特にボルドーの高級赤ワインでは、木樽の中で長期間熟成させ、ブレンドや瓶詰めなどを経てから出荷します。その間にも、生産者にはさまざまな費用がかかります。

 ・畑や醸造設備の維持費
 ・樽の購入費
 ・熟成中の管理費
 ・瓶やラベル、木箱などの資材費
 ・従業員の人件費
 ・翌年のブドウを育てるための費用

 しかし、完成品を販売するまで待っていると、収穫してから売上が入るまで長い空白期間が生まれます。

 そこで、まだ樽熟成中の段階で将来のワインを販売します。購入者から先に代金を受け取ることで、完成品を出荷する前に資金を確保できるのです。

 通常の販売では、生産者が製造から完成までの資金負担をすべて抱えます。

 プリムールでは、その負担の一部を「完成を待つ購入者」に支えてもらうことができます。生産者にとっては、ワインの熟成期間を短くすることなく、次の生産へ必要な資金を回せる販売方法なのです。

買い手が購入しているのは、
ワインではなく「確保できる権利」

 購入者にとって、完成前のワインを買う最大の理由の一つは、欲しいワインを早い段階で確保できることです。

 高い評価を受けるシャトーや、生産量の少ない銘柄は、完成後に市場へ出ても、欲しい人全員が購入できるとは限りません。

 流通量が少なければ、販売開始直後に売り切れたり、希望する本数を入手できなかったりすることもあります。

 また、人気が高まれば、完成後の市場価格がプリムール販売時より高くなる可能性もあります。

 そこで愛好家や販売業者は、「市場に出てから探す」のではなく、「完成前に自分の分を押さえておく」という選択をします。

 購入時点では飲めませんが、将来受け取れる数量が決まることで、「手に入らないかもしれない」という不安を小さくできます。つまり、購入者が支払っているのは、熟成途中の液体そのものだけではありません。

 ・希少な銘柄を早い段階で確保できる
 ・完成後に市場を探し回らなくて済む
 ・自分の希望するヴィンテージを所有できる可能性が高まる
 ・一般販売前の条件で購入できる場合がある

 という「先に選び、確保できる価値」にもお金を払っているのです。

手に入る前の時間が、
商品の価値を育てる

 通常の商品では、代金を支払ったら、できるだけ早く受け取りたいと考えます。

 しかし、プリムールでは、注文してから商品が届くまでの長い時間そのものが、購買体験の一部になります。

「今年のブドウはどのように育ったのか」
「専門家は、その年の出来をどう評価しているのか」
「樽の中で、どのようなワインへ変化していくのか」
「瓶詰めされたとき、どのような味わいになるのか」

 と、完成までの過程に関心を持つようになるからです。

 人は、将来受け取る楽しみを待っている間にも、その商品について考え、情報を集めます。

 自分が購入したワインの評価が高まれば、まだ手元に届いていなくても、「早く買っておいてよかった」という満足感が生まれます。

 さらに、子どもが生まれた年、結婚した年、会社を設立した年など、人生の節目に当たるヴィンテージを購入する人もいます。

 その場合、ワインは単なる飲み物ではなく、「自分たちの記念の年と一緒に熟成していくもの」になります。
すぐに手に入らないことが不便ではなく、届くまでの時間や、その後の熟成を楽しむ物語に変わるのです。

「まだ完成していない」が期待を高める

 完成したワインを販売する場合、お客様は現在の味や市場価格を見て判断します。

 しかしプリムールでは、最終的にどのようなワインへ成長するのか、完全には決まっていない段階で購入します。そのため、購入判断には、

「今後さらに良くなるかもしれない」
「高く評価されるヴィンテージになるかもしれない」
「完成後には入手困難になるかもしれない」

 という期待が含まれます。人は、結果がすべて分かっている商品よりも、将来の可能性が残されているものに強く惹かれることがあります。

 プリムールでは、その年の気候、収穫量、樽から試飲した専門家の評価、生産者のコメントなどが次々に伝えられます。

 これらの情報が、まだ完成していないワインへの期待を膨らませます。さらに、販売数量が限られている場合は、「評価が固まってからでは買えないかもしれない」という希少性も働きます。

 完成前であることが購入の障害になるのではなく、「今の段階でしか買えない」という購入理由へ変えられているのです。

 ただし、完成後の評価や市場価格が必ず上がるとは限りません。また、販売条件や引き渡し時期、保管方法なども販売事業者によって異なります。

先に売ることで、
売れ残りのリスクも小さくできる

 ワインが完成してから初めて販売を始める場合、生産者や流通業者は、どの銘柄がどれだけ売れるのかを予測しながら在庫を持たなければなりません。

 プリムールで早期に販売すれば、完成前の段階で需要の一部を把握できます。どのシャトーや銘柄に注文が集まっているのか、どの市場から引き合いがあるのかが見えるため、その後の流通や販売計画を立てやすくなります。

 また、一定数量の販売先が決まっていれば、完成後にすべての在庫を一から販売する必要もありません。
つまり、プリムールには、

 生産者が早く資金を得る
 ↓
 購入者が希少なワインを確保する
 ↓
 完成前に需要が確認できる
 ↓
 流通業者が販売計画を立てやすくなる
 ↓
 完成後、確保されたワインが購入者へ届けられる

 という流れがあります。

「作ってから売る」という一般的な順番を、「売ってから完成させる」に変えることで、資金と在庫の両方の負担を軽くしているのです。

他のお店でも使える
「完成前に販売する」設計

 ・アパレルブランド
 サンプルやデザインを公開し、注文が集まった商品だけを生産する。購入者には限定商品を先に確保できる価値を提供し、ブランドは売れ残りを抑えられる。

 ・農園
 収穫前の果物や米を予約販売し、収穫後に届ける。購入者には旬の商品を確実に受け取れる価値を提供し、農園は収穫前に需要と売上の一部を確保できる。

 ・工房/職人
 製作途中の家具や器を予約販売し、完成後に引き渡す。素材選びや製作工程を発信することで、待ち時間を商品の物語に変えながら、製作前に販売先を決められる。

まとめ

 ボルドーのワイン業界が、完成前のワインを販売するのは、単に早く売上が欲しいからだけではありません。

 ・長い熟成期間中に必要となる資金を、完成品の出荷前に確保し
 ・購入者には、市場へ出てからでは手に入りにくい希少なワインを、早い段階で確保できる価値を提供し
 ・完成までの時間や生産情報を、ワインの成長を待つ楽しみや物語に変え
 ・まだ評価が固まっていない将来性と数量の限られた希少性によって、「今の段階で買う理由」を作り
 ・完成前に需要を把握することで、生産者や流通業者が在庫と販売の計画を立てやすくする

 という、「商品が完成してから売る」という順番を逆転させ、生産者の資金負担を軽くしながら、購入者には早く確保できる特別な価値を販売する仕組みなのです。

岡本達彦(おかもと・たつひこ)
販促コンサルタント
現場目線ですぐ使えるマーケティングを伝える第一人者。
広告制作会社時代に100億円を超える販促展開を見て培った成功体験をベースに、むずかしいマーケティングや心理学を使わず、
アンケートやマンダラ等を活用して、誰でも売れる広告を作れる手法を体系化する。
業界を問わず即効性が高く、お金をかけずに売上を上げられることから、全国の商工会議所・経済団体などからセミナー依頼が殺到する。
初の著書『「A4」1枚アンケートで利益を5倍にする方法』(ダイヤモンド社)は、Amazon上陸15年、「売れたビジネス書」50冊にランクインする。
他の著書に、『お客様に聞くだけで「売れない」が「売れる」に変わるたった1つの質問』
『あらゆる販促を成功させる「A4」1枚アンケート実践バイブル』
『「A4」1枚チラシで今すぐ売上をあげるすごい方法』『「マンダラ広告作成法」で売れるコピー・広告が1時間でつくれる!』(以上、ダイヤモンド社)等がある。