「人生でいちばん後悔していることは何ですか?」。もし80歳になった自分がそう聞かれたら、何と答えるでしょうか。仕事での失敗、間違った選択、大切な人との別れ。今は「これだけは後悔するだろう」と思っていることも、人生の最後にはまったく違って見えるかもしれません。では、人は年齢を重ねたとき、何を最も悔やむのでしょうか。今回は、書籍『天才になれなかった全ての人へ 自分だけの武器が見つかる才能論』より、人生に残り続ける後悔の正体について考えます。(構成/ダイヤモンド社・榛村光哲)

老後に後悔すること・ナンバー1Photo: Adobe Stock

後悔は「失敗」から生まれるとは限らない

 人生で後悔しないためには、なるべく失敗しないほうがいい。そう考える人は多いだろう。しかし、実際には失敗したことよりも、長く心に残り続けるものがある。それが、「結果を確かめなかったこと」だ。

 たとえば、思い切って転職して失敗したとしても、「あの会社は自分には合わなかった」と答えが出る。好きな人に告白して振られても、「あの人とは結ばれなかった」とわかる。結果が出れば、その可能性には区切りをつけられる。しかし、何もしなかった場合は違う。「もし、あのときやっていたら」という可能性が消えないのである。

人は「もう一つの人生」を想像できてしまう

 やらなかったことには、結果がない。だから、実際にはうまくいかなかった可能性が高くても、「もしかしたら成功していたかもしれない」と考えてしまう。「あのとき転職していれば」「あの人に気持ちを伝えていれば」「あの夢に挑戦していれば」。選ばなかった人生が、現実より素晴らしいものだったように思えてくる。

 僕には、このことを強烈に意識するきっかけになった出来事がある。

「開けなかった箱」が後悔を生む

 高校3年生の春。美大を受験するか迷っていたとき、ある先生がこんな話をしてくれた。

「うちのおじいさんは、死に際になって急に『俺は美大に行きたかった』と後悔を口にするようになったんだ」

 聞けば、先生のおじいさんは、子どもの頃から絵を描くのが好きで、ずっと美大に行きたいという夢があったのだという。だが、家庭の事情で受験することさえかなわなかった。これは美大志願者によくある話だ。その後、おじいさんは美術や絵画とは無縁の仕事に従事し、70歳を超えて病床に伏してから、初めてそのことを口にしたのだ。このエピソードは、僕にとって「後悔」に関する人生の教訓として、今でも深く胸に残っている。

人は「失敗」よりも「開けなかった箱」を後悔する

 先生のおじいさんの話から僕が感じたのは、人は「開けなかった箱」に後悔を残すということだ。

 もちろん、挑戦したからといって成功するとは限らない。先生のおじいさんも、美大を受験していたら不合格だったかもしれない。合格しても、美術の仕事で食べていけなかったかもしれない。

 それでも、一度挑戦していれば「この箱には何も入っていなかった」と納得できたはずだ。失敗すれば、少なくとも結果はわかる。

 しかし、箱を開けなければ、「あのとき挑戦していたら、もっと素晴らしい人生があったかもしれない」という可能性だけが残る。だからこそ、「やったけど、できなかった」と「やらなかった」の間には、大きな違いがある。

 人生には期限がある。子どもが5歳でいる時間は戻ってこないし、若い身体で挑戦できる時間も戻ってこない。箱によっては、「いつか開けよう」と思っているうちに、開けることそのものができなくなってしまう。

老後に残したくないのは「もし、あのとき」

 すべての箱を開けることは難しい。それでも、何年も頭から離れないことや、「本当はやってみたい」と思い続けていることがあるなら、少なくとも一度は向き合ったほうがいい。失敗することも、途中で諦めることもできる。しかし、最初から何もしなければ、その可能性には永遠に答えが出ない。

「開けなかった箱」を残してはいけない。だからこそ、まだ動ける今、自分に問いかけてみてほしい。「自分には、まだ開けていない箱がないか?」と。