「もっと若いうちにやっておけばよかった」。年齢を重ねてから、そんな思いを抱く人は少なくありません。しかし、人は一体、何をしたときに最も強く後悔するのでしょうか。失敗したことなのか、間違った選択をしたことなのか、それとも別の何かなのか。今回は、書籍『天才になれなかった全ての人へ 自分だけの武器が見つかる才能論』ある美術教師から聞いた印象的なエピソードをもとに、「人生に残る後悔」の正体について考えます。(構成/ダイヤモンド社・榛村光哲)

若いうちにやらないと「老後に必ず後悔する」1つのことPhoto: Adobe Stock

「開けなかった箱」が後悔を生む

 高校3年生の春。美大を受験するか迷っていたとき、ある先生がこんな話をしてくれた。
「うちのおじいさんは、死に際になって急に『俺は美大に行きたかった』と後悔を口にするようになったんだ」

 聞けば、先生のおじいさんは、子どもの頃から絵を描くのが好きで、ずっと美大に行きたいという夢があったのだという。だが、家庭の事情で受験することさえかなわなかった。これは美大志願者によくある話だ。その後、おじいさんは美術や絵画とは無縁の仕事に従事し、70歳を超えて病床に伏してから、初めてそのことを口にしたのだ。

 先生から、「美大に行きたい気持ちがあるなら、絶対にチャレンジしたほうがいい」というメッセージを受け取った僕は、「美大を受験しよう。絶対に美大に行くんだ」と固く心に誓った。

 このエピソードは、僕にとって「後悔」に関する人生の教訓として、今でも深く胸に残っている。

人は「開けなかった箱」に後悔する

 なぜ、この話がずっと心に残っているのか。それは、人が人生の最後に後悔するものの正体を表しているように思うからだ。先生のおじいさんが後悔したのは、「美大に落ちたこと」ではない。そもそも受験できず、美大へ進む人生がどうなっていたのかを確認できなかったことである。人生には、こうした「開けなかった箱」がいくつもある。転職したかった。起業してみたかった。海外で暮らしたかった。好きな人に想いを伝えたかった。しかし、「失敗したらどうしよう」「今の生活を失いたくない」と考えて、その箱を開けない。すると、その可能性だけが何十年経っても残り続ける。

失敗すれば、箱を閉じられる

 もちろん、挑戦したからといって成功するとは限らない。美大を受験しても落ちたかもしれない。合格しても、美術の仕事で食べていけなかったかもしれない。

 しかし、それでも一度挑戦すれば、「この箱の中には何が入っていたのか」を確認できる。失敗したなら、「この道ではなかった」と納得して次へ進める。ところが、開けなかった箱は違う。「あのとき挑戦していたら、もっと素晴らしい人生があったかもしれない」という可能性を否定できない。

 だから、「やったけど、できなかった」よりも「やらなかった」のほうが、長い後悔になりやすいのである。

若いうちに「開けていない箱」を減らしておく

 年齢を重ねれば、人生の条件は変わっていく。体力も変わる。家族ができるかもしれない。仕事上の責任も増える。経済的な事情も変わる。

 今なら開けられる箱が、10年後、20年後にも同じように開けられるとは限らない。だから、若いうちにやるべきなのは、すべてを成功させることではない。自分の心の中にある「開けていない箱」を、できるだけ開けておくことだ。海外で暮らしたいなら試してみる。別の仕事が気になるなら動いてみる。何かをつくりたいならつくってみる。やってみて違ったなら、それでいい。「違った」と確認できたこと自体に意味がある。

 若いうちなら、失敗しても次の道へ進める可能性はまだ大きい。だから怖がるべきなのは、失敗そのものではない。「いつか」と言いながら箱を開けず、気づいたときには開けられなくなっていることだ。