霜降り明星の粗品(左)と四千頭身の都築拓紀霜降り明星の粗品(左)と四千頭身の都築拓紀 Photo:JIJI

2010年代後半から台頭した「お笑い第7世代」。ブームが一段落した現在、人気を保つ「勝ち組」と、メディア露出を大きく減らした「負け組」の明暗が鮮明になりつつある。両者を分けた決定的な違いとは何だったのか?過去のお笑いブームと比較しながら、第7世代の生き残りを左右する要因を探る(本文敬称略)。(ライター 橋本未来)

「お笑いブーム」後に生き残れる芸人とは

 お笑いの世界ではこれまでいくつものブームが起こり、時代を代表する芸人やコメディアンが誕生してきた。そうしたブームは数年で終わるのが常で、そこから第一線に残り続けるのは至難の業と言える。

 たとえば、1980年に始まった「MANZAIブーム」では、「B&B」「ザ・ぼんち」「西川のりお・上方よしお」「星セント・ルイス」といった数多くの芸人がテレビを席巻した。島田紳助が引退した現在、冠番組を持つMCクラスとして活躍を続けているのは、ビートたけしだけとなっている。

 ブームをきっかけに世に出た芸人が、その後、第一線から姿を消してしまう理由のひとつに、過剰なメディア露出がある。テレビに出続けることで飽きられ、タレントとしての希少性が失われてしまう。

 ではなぜ、MANZAIブームのビートたけしをはじめ、「ボキャブラブーム」から登場した爆笑問題やネプチューン、くりぃむしちゅーは、現在まで生き残ることができたのか。

 その理由について、「ボキャブラブーム」の下地をつくったともいわれる『GAHAHAキング 爆笑王決定戦』(テレビ朝日系/1993~1994年)で、放送作家を務めた植竹公和氏は、ある長寿番組を例に挙げ、次のように指摘する。

「『笑点』の初代司会者だった立川談志師匠が、新しい大喜利番組を立ち上げたことがあるんですよ。当時、すでに人気も実力も抜群だった桂枝雀さんや春風亭小朝さん、月の家圓鏡師匠も呼んでね。でも、視聴率がイマイチで、短期間で終わりました」

「番組って芸人さん個人の面白さっていうよりも座組のバランスなんですよ。出演者同士が調和する空気感も含めて、番組の人気につながる。お笑いブームも同じで、ブームのときは全体で評価されるけど、終わったら個人の評価に変わる。そこで、生き残らないといけない」

 これまで数々の芸人と仕事をしてきた植竹氏は、ブームが去った後も生き残る芸人には、共通点があるという。

「時代にどうやってチューニングを合わせていくか。たとえば、『お笑いスター誕生!!』に出た当時の『とんねるず』って、最初は爽やかなキャラだったんですよ。でも、80年代から90年代のテレビって、一般人ができない無茶をやってもいいっていうか、視聴者もそれを求める雰囲気があった」

「だから、ああいった時に下ネタも辞さないキャラにシフトしていった。『くりぃむしちゅー』だって、最初は怖いお兄さんって感じだったけど、品行方正が求められる時代で、いつの間にかマイルドな雰囲気になった。そういう時代の空気をうまく掴んだ芸人は残っていく」

 では、「お笑い第7世代」はどうなのか。勝ち組と負け組を分ける決定的な違いは、あるのか?