茜さんは、膝の上で拳を握りました。

「あの人が女の人のところに通っていたことは、どこにも残っていないんです。このままだと私の怒鳴り声だけが、離婚の証拠になってしまうんです」

 探偵をやっているとこの構図を何度も見ました。あえて名前を付けるなら、「先に被害者になった者勝ち」です。

妻が持っていた反証になり得る材料
さらに夫の浮気の証拠が欲しいばかりに……

 離婚の交渉は、残念ながら「どちらが本当に悪いか?」では動きません。どちらが先に、第三者に見せられる形で証拠を残したかで動く場面が確かにあるのです。

 診断書は、医師が本人の訴えを基に作成するものです。録音もその日その時の一場面に過ぎません。

 どちらも「一方の側から見た記録」であって、それが全ての真実だということにはなりません。だから反論も当然できます。

 けれど何も記録していない側は、その反論の土俵にすら上がれないのです。ここが最も怖いところです。

 しかし茜さんと話していくうちに、実は反証になり得る材料がありました。口論の末、航平さんから受けた暴力の直後にご自身で撮った写真です。ところが、彼女はそれを弁護士に出していませんでした。

 理由を聞くと「こんなの見せたら、その前の暴言や物を壊したことによって夫が自己防衛のためにやったと言われて、不利になるかもしれないと思ったんです」と答えました。

 多くの方が、ここでつまずきます。自分に不利な部分があると思った瞬間、有利な材料まで一緒に隠してしまう。

 その時、茜さんが声を落として「実は、もう一つ、考えていることがあって」。かばんの中を見つめたまま続けました。

「夫の車に、GPSを付けようと思っているんです」

 私は、思わず動きを止めました。

 聞けば、小型のGPS機器はもう買ってあるのだといいます。

「後は夫が車を止めている場所まで行って取り付けるだけです。位置の履歴はスマートフォンのアプリで確認できます。女性の家の近くに何時間止まっていたのか日付と時間ではっきり出ます。これなら、言い逃れできませんよね!」