―――海外マーケットに対して、今までのようにお酒単品を卸すだけでなく、自社でプロデュースした飲食店まで出すのは、本来の日本酒の楽しみ方を広げるためですか。2004年に初めてニューヨークに大吟醸酒を輸出して以降、18ヵ国・地域に販路を広げ、いまや売上高の1割は海外で稼ぎ、5年後にはその3倍の10億円を目指すなど非常に好調に見えます。海外の酒類審査会で高評価を得るなど、認知も高まっているのではないでしょうか。

桜井 獺祭のなんたるかは、日本ではご理解頂いていると思うし、期待されている価値をお届けできていると思います。でも、海外では、まだそれができていません。海外の日本酒ブームは追い風ではありますが、必ずしも良い状態で飲まれているとはいえないんです。

 海外で日本酒を扱う業者は限られているので、その卸業者に依存することになります。しかし、彼らに自社のポリシーから保存状態に至るまでのすべては理解して頂けません。たとえば、発泡酒などもシャンパンと同類にみられて、保存状態が悪いことが多いんです。普段は常温で管理して、飲む直前に冷やすものだから、本来のおいしさをわかってもらえません。

 だから、お食事とともに楽しみ方を知って頂く飲食店をつくり、物販店を併設できればと思っています。海外でベストの獺祭を見せたいんです。

海外の日本酒マーケットが小さいからこそ残る妙な慣習

―――国内の日本酒業界は一般に、業界団体や問屋や小売店など、横並び主義でしがらみが多いと言われますが、海外でも同様の構造があるのですか。

桜井 海外の日本人社会に限定的に残っている、というのが正確な言い方かもしれません。海外における日本食、もっといえば日本酒のマーケットはまだ大きくないですから、小さなコミュニティのなかで、かえって妙な縄張り意識や序列主義が生まれてしまうんでしょう。この国で日本酒を展開したいなら、ここを通せ、みたいな話になるわけです。そんな時代遅れな、ほかの国の現地社会や、現代日本社会すら、廃れてなくなっているような慣習が残っているんですね。

 数年前に、こんなことがありました。

 ある国から帰国したら、その国の卸会社さんから「悪いけど、○○(某高級和食店)の社長に詫び状を書いてくれ」と連絡がきたんです。聞けば、私がその国まで行きながら、挨拶に来なかったことに立腹されている、という。大手ビール会社の社長なども必ず挨拶に立ち寄るのに、地方の酒蔵風情が生意気だ、というのでしょう。勘違いぶりに呆れましたが、仲介役の卸会社も心得ていて社長からでなく現場の社員が泣きそうな声で言ってくるので、結局、詫び状は書きました。

 笑い話みたいでしょ。こんな状態が続くはずはないと思います。