ルネサンスと聞けば、レオナルド・ダ・ヴィンチやミケランジェロのような「偉人」を思い浮かべる人が多いだろう。しかし、世界史を深く見ると、歴史を動かしたのは有名人ばかりではない。15世紀のルネサンスに先立つ「12世紀ルネサンス」では、イスラム世界に蓄えられた知をヨーロッパへ運んだ、名もなき翻訳者たちが大きな役割を果たした。『地図で学ぶ深読み世界史』の著者が寄稿する本稿では、偉人中心の歴史観では見えてこない、文明をつないだ人々の仕事から世界史を読み解く。

「頭のいい人」だけが知っている、15世紀より前にあった“12世紀ルネサンス”とは?Photo: Adobe Stock

 ルネサンスと聞くと、多くの人は十五世紀のイタリアを思い浮かべる。しかし中世ヨーロッパでは、それ以前にも古典文化への関心が高まった時期があった。十二世紀ルネサンスと呼ばれる知的な活性化である。その背景には、イスラム世界との接触と、大規模な翻訳活動があった。

古代ギリシアの知は、なぜイスラム世界に残っていたのか?

 古代ギリシアの哲学や科学の多くは、西ヨーロッパでは十分に読めなくなっていた。一方、イスラム世界では、ギリシア語の文献がアラビア語に翻訳され、研究と注釈が積み重ねられていた。十字軍、地中海交易、イベリア半島でのキリスト教勢力の拡大などを通じて、西ヨーロッパの人々は、こうした知の蓄積に再び触れるようになる。

 重要な拠点となったのが、イベリア半島のトレドや、地中海の要衝シチリアである。そこではアラビア語、ラテン語、時にはギリシア語やヘブライ語を理解する人々が協力し、哲学、医学、数学、天文学などの文献を翻訳した。単に古代の本を持ち帰ったのではない。イスラム世界の学者たちが加えた解釈や発展も一緒に伝わったのである。

歴史を動かしたのは、王でも有名な思想家でもなかった

 ここで注目したいのは、文化を伝えた主役が、必ずしも王や有名な思想家ではないことだ。複数の言語を知る翻訳者、写本を作る書記、文献を運ぶ商人や旅人がいなければ、知識は地域を越えられなかった。歴史は完成した作品や偉人の名を記憶しがちだが、文化の転換点では、知をつなぐ無名の仕事が大きな役割を果たす。

 翻訳は、言葉を置き換えるだけの作業ではない。異なる文明の考え方を、自分たちの社会で使える形に作り直す仕事である。その結果、ヨーロッパの学問は大きく刺激された。文化の復興は、過去を自力で発見した英雄の物語ではない。文明が互いに知識を借り、翻訳することで豊かになった物語なのである。