賢く見られたい。だれもが心のどこかで思っている。ところが、その願いが強い人ほど、なぜか逆に、頭が悪く見えてしまうことがある。しかも本人は、まったく気づいていない。原因は、良かれと思って使っている、ある言葉づかいにある。アパレル史上最年少で上場した株式会社yutori社長・片石貴展氏は、著書『自分の言葉で話せるようになりましょう。』で、賢く見せようとして空回りする人の正体を指摘する。(構成:ダイヤモンド社書籍編集局/淡路勇介)

バカPhoto: Adobe Stock

賢く見せようとするほど、逆に見えてくるもの

会議で、やたらと横文字を使う人がいる。
アジェンダ、エビデンス、アグリー。難しい言葉を並べて、自分を有能に見せようとする。だが片石氏に言わせれば、それは逆効果だ。片石氏は、この行為をこうたとえる。

難しい言葉を並べて、自分を賢く、有能なビジネスパーソンに見せようとする行為。これは、胸にでかでかとハイブランドの名前が書かれた「ロゴどんTシャツ」を着て自分を大きく見せようとしているのと同じです。――『自分の言葉で話せるようになりましょう。』より

胸に大きくブランド名の入ったTシャツ。
それを着れば、たしかに「高い服を着ている人」には見える。だが、着ている本人より、ブランドのほうが目立ってしまう。主役が服になり、中身の自分が脇役になる。横文字も、これとまったく同じだと片石氏は言う。言葉という権威を借りて自分を大きく見せた結果、その言葉に、逆に喋らされているのだ。

「意味を知らずに使う横文字」が、いちばん軽く見える

頭が悪く見える人の口ぐせ・ワースト1。
それは、意味や背景を深く理解しないまま使う、借り物の横文字だ。
意味と文脈をちゃんと理解した上で使う分には問題ないが、厄介なのは、本人に悪気がないことだ。
むしろ、少しでも賢く、有能に見せたいという前向きな気持ちから出ている。
だが片石氏は、こう書く。着ている本人は「自分はかっこいい」と思っているかもしれない。でも、周りの人には、ただ流行のロゴを身にまとった、中身のないマネキンに見えている、と。
賢く見せたい、という思いが強いほど、記号に頼る。記号に頼るほど、中身が空っぽに見える。だから、賢く見せようとするほど、頭が悪く見えてしまう。

「自分の言葉」だけが、人を賢く見せる

では、どうすればいいのか。
横文字を使うのが悪いのではない。問題は、その言葉が自分の中を通っているかどうかだ。

たとえば「心理的安全性」という言葉も、ただ流行りだから使うのではなく、「過去に自分がこういう組織でこんな悔しい思いをしたから、大事だと思う」と、自分の体験と結びつけて語れば、その言葉は初めて体温を持つ。借り物の記号を、自分の物語に置き直して語れる人が、本当に賢く見える人だ。

難しい言葉を並べる必要はない。自分が本当に経験したこと、心から感じたことを、自分の言葉で話す。たとえ拙くても、そこには「あなた」がいる。記号に喋らされている人と、自分の言葉で話す人。頭のよさの差は、語彙の量ではなく、その一点に出る。