というのも、江戸幕府は1616年に人身売買禁止令を公布して以降、人身売買を原則として禁じていた。本人が嫌がっているのに親や女衒が奉公に出した場合、重い罪に問われた。

 そこで生み出されたのが、少女たちが親の借金を肩代わりして、それを返済するために芸者屋と「契約」をするというスキームだ。これによって少女たちは表面的には、自分の意志で働きにやってきた、という既成事実が生まれる。「改訂版 芸者論」(岩下尚文著 雄山舎)を引用しよう。

「最初に交わす証文には、芸者が借りた金額とともに年季という拘束期間が記されていますが、この年季はあくまで目安に過ぎません。借金を全額返済しなければ契約は解消しないということは芸者屋にとっては有利に働きました。このため、芸者がどれほど稼いでも借金が減らぬように、普段から衣装を作らせるのをはじめ、派手に金を遣うように教育します」(P95)

  ちなみに、同書によれば、このスキームは明治に入っても引き継がれ、昭和の敗戦後まで継続されたという。

 話を江戸時代に戻そう。このような同情すべき事情があるからといって、江戸の男たちは「親の借金背負わされてかわいそうな境遇の女性たちだから、そういう場所に行くのはやめよう」とはならない。それはそれ、これはこれと「娯楽」として芸妓や遊女にカネを注ぎ込んだ。

 当時は現在のような普遍的人権を保障する法制度は存在しなかったということもあるだろう。しかし、先ほども述べたように、江戸は圧倒的な「男あまり社会」なので、普通に暮らしていても女性と深い関係を築くことができない者がたくさんいたことが大きい。「寂しい男たち」の孤独を癒して、明日への活力を与えていたのが、花魁や芸妓、そして茶屋の看板娘など「江戸のアイドル」だったのだ。

 こういう構造の延長上にあるのが、現代のアイドル文化ではないかと思っている。華やかな世界に自ら飛び込んでいるという立て付けだが、そこで勝ち抜いていくには、自分を殺して「権力者」であるプロデューサーや、テレビ局などメディア企業の幹部などが決めた恋愛禁止やキャラを遵守、そして歌やダンスという「芸」だけではなく、男性ファンを喜ばすための女性的魅力も発信しなければいけない。

 人権は守られているようで、不自由さは「江戸のアイドル」に負けていない。

 2024年5月、旧ジャニーズ事務所の性加害の問題を調査した、国連人権理事会の「ビジネスと人権」に関する作業部会は日本の企業活動にかかわる幅広い分野での人権侵害について懸念を示している。国連・子どもの権利委員会にも、NGOからこんな問題提起がなされている。

《子ども、特に女の子を商品化したビジネスが蔓延し、それを容認している文化が日本にある。学校の制服のような衣装を着た「アイドル」と言われる女の子が、料金をとって不特定多数の男性と握手やハグなどのサービスを提供したり、一般の女の子が水着を着用した「撮影会」が時には男性と1対1で行なわれたりしている》

 エプスタイン文書が世界を揺るがしているように、過去の性的搾取や、それをめぐる組織の対応が後年になって再検証されることはある。「これはアートです」「こういう水着を着てグラビアにでるのが本人の夢なんです」という日本のアイドル業界のロジックもそろそろ限界が近づいている。

 稀代のヒットメーカー、秋元康氏へのふってわいたバッシングは、アイドル文化を根本から揺るがすような「ショック」の前兆かもしれない。