オフィスで掃除機をかける清掃スタッフ写真はイメージです Photo:PIXTA

企業の情報を盗み出すのに、高度なハッキング技術が必要とは限らない。オフィスに残された書類や、付箋に書かれたパスワードなど、何げない日常の中にも情報流出の入り口は潜んでいる。現在放送中のドラマ『VIVANT』で公安監修を務める元公安捜査官が、実体験を交えながらスパイの意外な手口を明かす。※本稿は、セキュリティコンサルタントの勝丸円覚『日本を静かに侵食するスパイの手口』(青春出版社)の一部を抜粋・編集したものです。

機密情報を持っていなくても
「普通の会社員」が狙われるワケ

 スパイは、特別な人だけを狙っているわけではありません。

 政治家でも、研究者でもなく、ごく普通の会社員であっても対象になります。なぜなら、彼らが欲しているのは「情報そのもの」ではなく、「そこへ至る経路」だからです。

 たとえば、ある企業の中で機密情報を扱っていない部署にいる人間でも、その会社のパスワードやネットワークに関する情報を知っている可能性があります。

 その1人を突破口にすれば、そこから内部に入り込むことができる。

 実際に、大企業が直接狙われるのではなく、関連会社や下請け企業といった“弱い部分”から侵入されるケースは少なくありません。

 つまり、自分は関係ないと思っている人間こそが、入り口として利用される可能性があるのです。

 これは企業に限った話ではありません。あなたのスマホの中にある連絡先。あなたが知っている人脈。あなたが出入りしている場所。それらすべてが、次の標的へとつながる“踏み台”になり得ます。

 そして今の日本には、そうした“死角”があまりにも多い。制度の穴、国民性の隙、警戒心の低さ。それらが重なった結果、日本はスパイにとって極めて活動しやすい国になってしまっているのです。

付箋を撮影するだけでも
情報流出の「入り口」になる

「アクセス・エージェント」という言葉は、もともとかなり専門的な用語でしたが、最近は専門家やテレビ番組のコメンテーターも使うようになり、一般の方が耳にする機会が増えてきました。

 簡単に言えば、企業や個人のシステムに不正に入るための“入り口”を用意する人間のことです。

 本人が直接その会社の情報を盗みに行くとは限りません。むしろ、自分では入らずに、誰かが入れるように正規のIDやパスワード、認証情報を取ってきたり、買ってきたり、売り渡したりする。

 そうやって、他人がアクセスするための手助けをする人間を、アクセス・エージェントと呼びます。

 たとえば、ライバル会社や外国のスパイ組織が、ある企業の情報システムに入りたいと思ったとき、自分たちで正面から突破するよりも、その会社の中や周辺にいる人間を使って、正規のパスワードや認証情報を手に入れたほうが早いし、確実です。

 実際、社員が机の引き出しに入れた紙や、付箋にパスワードを書いていたものを、写真に撮って渡すだけでも、それはアクセス・エージェントの役割になります。

 そして、こういうことができる背景には、会社の中に“外部の人間が自然に出入りできる余地”があるからです。

 大きな会社であれば、清掃業者、メンテナンス業者、クリーニング業者、配送業者など、日常的にいろいろな人が出入りしています。そういうところに協力者を仕込めば、机の上にある書類、ゴミ箱の中身、付箋に書かれたパスワード、放置された印刷物などを不自然なところがなく見たり持ち出したりすることができる。

 つまり、アクセス・エージェントというのは、高度なサイバー技術を持った人間とは限らないのです。

 会社の中に違和感なく入り込み、情報の入り口をつくる人間であれば、それで成立します。

公安捜査官だった私が
「新人清掃員」に扮した理由

 この手法は犯罪捜査でも使われます。

 私が現職の公安捜査官だったときにも、ある大きな会社から、「特定のデスクにいる社員の動きが怪しい」という相談を受けて、捜査協力を依頼されたことがありました。