赤石市和坂Photo:Diamond

兵庫県明石市には、「和坂」と書いて「わさか」と読む地域と、「かにがさか」と読む地域がある。しかも両者は隣り合い、郵便番号までまったく同じだという。どう考えても混乱しそうだが、なぜこんな住所が生まれたのか。日本各地に残る一筋縄ではいかない“ヤバい住所”の歴史をたどる。※本稿は、地図エンジニアの河合太郎『ヤバい日本の住所』(幻冬舎)の一部を抜粋・編集したものです。

同じ「和坂」なのに読み方が違う
しかも2つの住所は隣り合わせ

 京都には、中京区石橋町や亀屋町は複数存在していて町名だけでは区別できないのですが、実は京都以外にもそういう困った住所があるのです。困ったことに。

 その1つが兵庫県明石市和坂で、まったく同じ字面ですが

・兵庫県明石市和坂(わさか)
・兵庫県明石市和坂(かにがさか)

 という違う読みの二つの住所(大字)がそれぞれ存在しています。しかも隣接しているのです。どう考えても混乱するに決まっているのに、なぜこんなことになっているのかというとこれもまた、長らく受け継がれてきた地域の伝統と、先のことをあまり考えない場当たり的な対処のなせる合わせ技であるのでした。

 まず伝統の方ですが、坂という名前の示す通り、この辺りは国道175号線から旧西国街道が西明石駅方面に向かって上り坂になっています。伝承によれば遡ること平安時代、かつてこの辺りでは悪い狐と悪い蟹が抗争を繰り広げており、最終的に蟹が勝利したため蟹坂になった……という単純な話では終わらず、さらにその蟹が増長して悪行の限りを尽くしていたところに、通り掛かった弘法大師がこれを調伏し蟹塚に封印したことで平和が訪れたため「蟹和坂」と書いて「かにがさか」と呼ぶようになった、とのことです。

 江戸時代になって、明石藩の成立とともに蟹の字が取り除かれ和坂と書かれるようになり、ここで読みと字の乖離が固定されることになりました。

なぜ「かにがさか」は残った?
2つの「和坂」が生まれたワケ

 そこで終わればよくある難読地名の由来で話は済んだかもしれないのですが、そこに場当たり的な対処が重なります。

 明石市でも他の市町村と同様に住居表示が実施されてきているのですが、1970年(昭和45年)の第三次住居表示において和坂の一部が和坂1~3丁目に再編され、そのついでと言ってはなんですが「かにがさか」という難読すぎる名称をこの際変更しようということで、和坂の読み方は「わさか」に正式に変更されることになりました。ただし一部だけが。

 というのも旧・和坂(かにがさか)の一部はJR(当時は国鉄)の線路の敷地と重なっており、住民が住んではいない地域でした。人が住んでいないところに住居表示を実施してもしょうがないと考えたのか、この一部の地域は和坂1~3丁目の一部となることも4丁目となることもなく、和坂(かにがさか)の読み方のまま、そのままに残されることになったのです。

 しかし時が経ち、地域の発展に伴い、和坂(かにがさか)の範囲内にも人家が建つこととなり、結局両方の読みの住所が併存することとなってしまいました。