地下鉄 六丁の目駅の看板Photo:PIXTA

住所といえば「○○市○○町1丁目」のような表記を思い浮かべる人も多いだろう。しかし、日本には市名の直後にいきなり「3丁目」が現れたり、「丁目」ではなく「丁」と表記したりする地域がある。なぜ、こんな不思議な住所が存在しているのか。日本各地の「丁」「丁目」にまつわる謎を見ていこう。※本稿は、地図エンジニアの河合太郎『ヤバい日本の住所』(幻冬舎)の一部を抜粋・編集したものです。

ペリー来航で知られる下田市
なぜ町名なしで「3丁目」?

 伊豆半島の南に位置する下田市は、学校で日本史を習った我々にとってはペリーが黒船で来航した場所としてお馴染みの場所です。そんなペリー上陸の記念碑が下田湾に突出する岬の根元辺りに建っていますが、この岬のほぼ全体がかつての下田城の城山であり、現在は下田公園として整備され、周辺にはフェリー乗り場や下田海中水族館といった施設も点在します。

 その下田海中水族館の住所ですが、ウェブサイトを確認すると「静岡県下田市3丁目22-31」となっています。下田市の直下にいきなり「3丁目」が来ていますね。1丁目や2丁目といえば、定番なのは「××市、◯◯町、1丁目」といった具合に市町村名から町・大字、続いて丁目というパターンですが、中にはこのように市町村の下にそのまま丁目がぶら下がっているところもあるのです。

 また、例によって丁目の表記をハイフンで省略することも多く、たとえば下田郵便局の住所表記は「静岡県下田市2-4-26」となっています。こうなるとますます、市外の人には丁目なのかどうかも分かりません。

 下田市直下には他にも1丁目から6丁目までありますが、実はこれらはもともとは明治時代(1889年)の市町村制施行に伴って成立した旧下田町の地域でした。1955年(昭和30年)に旧下田町や稲生沢村、浜崎村などが合併してあらためて下田町となり、さらに1971年(昭和46年)に下田町が市制施行して、現在の下田市となったという経緯です。

市制施行で下田町が下田市になり
「◯丁目」が渋滞する事態に

 ただその直前、1968年(昭和43年)から1970年(昭和45年)にかけて下田町は住居表示を実施しており、それに伴って下田町1~6丁目が生まれていたのです。つまりそのときから既に、市町村直下に丁目がぶら下がる構造だったのですね。もともと旧下田町の地域だったのだし、下田町下田3丁目と冗長になるよりは下田町3丁目でいいじゃないか、ということになったのかもしれません。ところが直後に市制施行した結果、住居表示実施済みの下田町3丁目は下田市3丁目になってしまった、というわけです。