ADHD(注意欠如多動症)の当事者で、ASD(自閉スペクトラム症)とADHDの2人の娘さんをもつなちゅ。さん。新刊『ADHDの母が伝えたい 生きづらい女の子が覚えておきたいこと』では、子どもから大人まで一生使える具体的な対応策を伝えている。今回は、「職場でなめられる」人について。著者に話を聞いた。(構成/ダイヤモンド社書籍編集局、イラスト/武者小路晶子)

マウンティング

――なちゅ。さんは、マウンティングに気づかないタイプだそうですね。

なちゅ。:まったく気づかないですね。何年も経ってから、お風呂で「あーー! あれマウンティングかーー!!」となることが、しょっちゅうあります。だいたい4~5年後です。相手はもう忘れています。

私は生育環境的にも特性的にも、何も考えずに思ったことを口にしてしまう「ナチュラルボーン無礼」に慣れすぎていて、言葉の裏に悪意が隠れている可能性を、そもそも想像していないんですね。だから全部そのまま受け取ってしまう。

悪意ゼロの事実確認が「マウンティング」と取られる

――「ナチュラルボーン無礼」とは?

なちゅ。:私のほうが、悪気なく失礼なことを言ってしまう、ということです。そしてここがポイントなんですが、悪意を読めない人は、悪意を仕込まない人でもあるんです。

マウンティング(裏に悪意や嫉妬がある)と、ナチュラルボーン無礼(本当に何も考えていないだけ)は、全然違うものです。そして私たちは、後者を無自覚にやらかす側です。

私たちの行動は、上下の物差ししか持たない相手には、「攻撃」としてとらえられてしまう。失礼だと思われたり、マウンティングだと思われたりします。

――どうすればいいのでしょう。

なちゅ。:これは努力で回避しきれるものではないと思っています。「○○知らないの?」のような地雷言葉を減らす自衛はする。あとは「合わない人とは合わない」で置いておくしかない。全員と噛み合う必要は、そもそもないので。

自虐とマウンティングは本質は同じ

――自虐をしすぎると、マウンティングされるという面もありますか?

なちゅ。:はい。ただ場合によりますね。

「自虐は減らしましょう」とよく言われますが、私は「自虐」には2種類あると思っているんです。

ひとつは、身も蓋もない表現をしてみせるタイプの自虐。あれはそのままでいいんです。事実を雑に出しているだけで、自分を下に置いてはいないので。

もうひとつが、自分を格下に落としてみせるタイプの自虐です。

このふたつは似ているようでぜんぜん違う。前者は自分の特性をどこか面白がっている。後者は自分の値札を下げてしまっているんですよね。

――減らしたほうがいいのは、どちらですか。

なちゅ。:自分を格下に落とすタイプです。「私なんか」と言った瞬間、上下の物差しを、自分のほうから持ち出していることになる。方向は逆でも、マウンティングと同じ土俵に立ってしまっているんですね。

しかも一度下の席に座ると、上下でしか関係を組めない層に「そういう扱いでいい人」として登録されます。

「褒め」の形をしたマウンティングもある

――上下で測らない関係は、どこにあるのでしょう。

なちゅ。:素直な気持ちを言い合える環境は、言い出した人のまわりにできるものだと思います。だから、「いいね」「すごいね」と思ったことはその場で口に出すようにしています。褒めることにも、褒められることにも、慣れと練習が要りますから。

――ただ、褒め合いが気持ち悪く感じることもあります。

なちゅ。:ありますね。あの気持ち悪さの正体は、「操作性」だと思っています。褒めることで相手を自分の都合よく動かしたい、という思惑が乗っている。

「褒めの形をしたマウンティング」というのもあって、あれも同じです。褒めながら、位置を確認しているんです。

[著者]
なちゅ。
1980年生まれのワーキングマザー。発達障害(ADHD:注意欠如多動症)当事者。中学生と高校生の娘、そして夫も発達障害の特性を強く持つ。長女の発達障害診断をきっかけに、発達障害やそれに関連する分野の独学を開始。以来15年以上、自らの発達障害や子育てについてXを中心に情報発信を行う。仕事でも、障害福祉分野でマネジメント担当をしながら、個人事業主として講師業やスタートアップのサポートに従事。なかでも、自身の経験を活かした発達障害の親子のケアに力を入れている。

[医療監修]
本田秀夫(ほんだ・ひでお)
医師・信州大学医学部教授
1988年東京大学医学部卒。医学博士。専門は発達精神医学。信州大学医学部子どものこころの発達医学教室 教授。信州大学医学部附属病院子どものこころ診療部 部長。長野県発達障がい情報・支援センター「といろ」センター長。