「休日を充実させたいのに、気づけばスマホを眺めて一日が終わってしまう…」。そんな虚無感や自己嫌悪に悩んでいませんか?スクリーンタイムが伸びてしまうのは、決してあなたの意志が弱いからではありません。スマホに「注意」を奪われ、無意識に人生の貴重な時間を損してしまう脳の仕組みと、そこから抜け出すヒントを『すべて本能のせい』から解説します。(ダイヤモンド社書籍編集局・菱沼美咲)

物憂げな女性の顔の写真Photo: Adobe Stock

休日の夕方に訪れる虚無感

私は最近休日に虚無を感じることが多い。

毎週金曜日の夜には「今週こそは気になっていた本を読もう」「部屋の模様替えをしよう」と思って週末を迎えるのだが、気づけばベッドで横になり、何時間もショート動画とSNSを往復している。

特に見たい動画や知りたい情報があったわけではない。
ただ、次々と流れてくるXやインスタグラムの投稿やショート動画をただみているだけで時間が過ぎていっているのだ。
何も悪いことはしていないと信じたいが、休日が終わるたびに強い自己嫌悪と虚しさに襲われている。

確かに、ひとつひとつの投稿を見ている時間はほんの数秒だ。
しかし、その何気ないひとときの積み重ねによって、本人が「本当にやりたかったこと」や「充実感」が得られる時間は少しずつ削り取られ、気がついたら「スクリーンタイムが11時間」という事態になってしまうのだ。

脳の仕組みが「注意」を奪い去る

私たちがなぜこれほどまでに無意識に画面へと吸い寄せられ、時間を手放してしまうのか。その理由について、『すべて本能のせい』ではこう語られている。

現代のデジタル環境では、脳の自動化の仕組みが、ネットのシステムによって巧妙にハッキングされています。
スマホの中に並ぶさまざまなアプリやデジタルサービスは、通知や巧みな画面設計を使って、私たちの脳に「何度も同じ行動を繰り返させる」ように最初からデザインされていることがあります。
アルゴリズムが、私たちにとって最適化された刺激を絶え間なく画面に送り続けることで、特定の行動が習慣化されやすくなっているのです。
たとえば、特に用もないのにSNSを何度もチェックしてしまったり、ゲームのプレイを止められなくなったりする行動がその典型です。
これらは、スマホを開くたびに「新しい情報」や「小さな楽しさ」というご褒美がランダムに与えられるため、脳の報酬系が強烈に活性化し、極めて強固な習慣のループが出来上がっているのです。

私の意志が弱すぎるのではなく、脳の報酬系が現代のデジタル環境によって強烈に活性化されているせいかもしれない、そう思えるだけで虚無感が少し減るような気がする。

損をし続ける構造から抜け出すために

ただ、脳の仕組みに身を任せている限り、私たちの時間は刺激的なニュースやオンラインゲーム、SNSに消費され続けてしまう。
手持ち無沙汰になるたび、無自覚にスマホを触り続けてしまうことほど、時間を無駄にしてしまうことはないだろう。

スマホを伏せ、手元に「自分のための時間」を取り戻すこと。
その小さな主導権を取り戻す選択の積み重ねこそが、人生の静かな充実感を生み出していくはずだ。