菊池雄星投手本人が
19歳当時の不調を振り返る
私が、清水トレーナーと出会ったのは19歳の夏のことでした。当時、清水トレーナーはまだ個人でジムを持っておらず、高田馬場にあるトレーナー養成専門学校の小さなウエイトルームで、初めてのトレーニング指導を受けました。
その頃の私は、1年前に甲子園で投げられていたはずの155km/hのストレートが影をひそめ、140km/h前後しか出ないという原因不明の不調に陥っていました。当時囁かれていた「甲子園で結果を出した高卒の左ピッチャーは大成しない」というジンクスに、恥ずかしながら自分自身もその1人になってしまうのではないかと、疑心暗鬼になっていました。藁にもすがる思いで知人を介し、清水トレーナーを紹介していただいたのです。
私はスピードアップのための「特効薬」のようなものを期待していましたが、清水トレーナーからいただいたのは「なぜ、トレーニングがスピードアップに貢献するのか?」「なぜピッチャーに下半身トレーニングが必要なのか?」といった、問いかけばかりでした。トレーニングを教わりにうかがったはずの私が、なぜトレーニングをするのか、その根本を問われ続けたのです。120分のセッションの大半は、その「なぜ」に対する根拠の解説に費やされ、実際にトレーニングをしたのはわずか20分ほどでした。
嫌々行っていた筋トレが
楽しいトレーニングに一変
しかし、それまでやみくもに重い重量を上げ、「なぜこんなにきついトレーニングをしているのに球速が出ないのか」とため息をついていた私にとって、その原因は、トレーニングの必要性を「説明」できる知識と原理を理解していなかったことにあると確信する機会となりました。
それからは、一見同じフォームに見えるスクワットも、「重いものを持ち上げるため」という意識から「地面の力を効率良くもらうため」という意識へと変わっていきました。清水トレーナーと出会い、それまで憂鬱でしかなかったトレーニングが、球速アップに間違いなくつながるという「根拠」が明確になったことで、トレーニングそのものが楽しくなっていったのです。
『一流を支えるトレーナーの最強の教え方』(清水 忍、幻冬舎)
清水トレーナーとオフシーズンに合宿を行い、地道なトレーニングを積んだ結果、当時の日本人左腕最速となる158km/hを記録することができました。
今年で35歳を迎える私の野球人生も、気づけば後半戦に差し掛かってきました。近年は「教えてください」と私の下を訪ねてくれる後輩たちも増えました。また、地元に野球施設を設立し、そこで野球少年少女に野球教室を開く機会も増えています。
これからの現役生活では、野球の楽しさ、素晴らしさを1人でも多くの後輩たちや子どもたちに伝えていきたいと強く願っています。そのためにも、清水トレーナーから学んだ「相手に伝わる伝え方」という技術は、私にとって一生ものの武器となると確信しています。







