完璧を求めて妥協ができない。中途半端なものを出して「できない奴だ」と思われたくない。「先のばし」や「完璧主義」を脱するための方法を、『おい、とりあえず終わらせろ』を書いたエンジニアのnwiizo(ぬうぃぞう)氏が伝えます。(構成/ダイヤモンド社書籍編集局)

おい、とりあえず終わらせろPhoto: Adobe Stock

「わかっている人」でいたいという願望

 資料の骨子をまとめた後、次に何をすればいいか見えない。上司に指摘されたものの、どう直せばいいかわからず手が止まる。

 会議で「どう思う?」と振られて、何も浮かばない。

 黙っていると、自分の底が透けて見えるような気がしますよね。

 私は「わからない」が怖かった。

「わかっている人」でいたい。「頼りになる人」でいたい。その願望が、「わからない」を1秒でも早く消したがる。

 この焦りに耐えられなくて、「何かしなきゃ」とやみくもに調べまくったことが何度もあります。結果、例外なく的外れな方向に全力疾走した。

 私はずっと、「わかってから動く」のが誠実だと信じていました。わからないまま出すのは不誠実だと。

 でも、わかるためには動くしかなかったんです。

 調べてわかるのは、誰かが既に言語化した知識だけ。上司が本当に求めているもの、クライアントが言葉にしていない不満、設計が実装時に崩れるポイント。

 そんな固有の条件は、動いて初めて姿を現します。

「わかってから動く」は論理的に見えて、実は動かない言い訳になっていました。

あなたの「まだ60点」は、相手の「もう十分」かもしれない

 ここで、「自分的完了」「他者的完了」という言葉を定義しておきたいと思います。

 自分的完了は、自分が「もう十分だ」と感じる状態。他者的完了は、相手が「これで進められる」と判断する状態。ほとんどの場合、この2つはズレているんですね。

 私が提案書を出せなかったのは、能力不足じゃなかった。時間不足でもなかった。

 問題は、「終わり」の定義がズレていたこと。

 私にとっての「終わり」は、完璧な成果物を作ることでした。データが揃っている、論理に穴がない、上司が一言目に「いいね」と言う。それが私の「終わり」でした。

 でも、上司にとっての「終わり」は違うかもしれない。月曜の朝に、何かしらの形で提案書が存在すること。方向性がわかること。それだけかもしれない。

 そうなったとき、無情にも先ほどのこだわりは無意味になります。むしろマイナスかもしれない。

 なぜなら、30点でも、ほしいときにある方がマシだから。

相手は仕事の「結果」を見ている

 完璧主義の傾向が強く出ると、細部の不完全さが引っかかり始めます。「まだここが足りない」「もっとこうすべきだ」。その声が頭の中で鳴り続ける。

 でも、相手にその葛藤は伝わりません。相手が見ているのはあくまでもあなたの仕事の「結果」。

 つまり、あなたの「まだ60点」は、相手の「もう十分」かもしれない

 その乖離に気づかない限り、いつまでも終わらなくなります。完了の基準を自分の頭の中に閉じ込めず、相手に確認する。それが「終わり」を現実に置く第一歩なんです。

 これは単に「上司とコミュニケーションをとれ」という話ではありません。

 本質は、「完了」という概念そのものが交渉可能だということ。資料が完成している状態、不具合がない状態、情報が網羅されている状態。そんな基準自体も、誰かの判断で決められているのです。

 ほとんどの仕事において「完了」は、誰かが「これでいい」と言った瞬間に生まれる合意の産物だから。

 もしかしたら、あなたの「完了」の定義が相手の「完了」の定義よりも厳しすぎるかもしれない。

 その場合、あなたは存在しない基準に向かって走り続けていることになる。

 頭の中の100点は、提出されなければ0点だ。