捜索隊が現場に向かうと、遺体の近くから2頭のクマの唸り声が聞こえました。クマは遺体から離れず捜索隊を威嚇してきたため、実施隊員に駆除の要請が出されました。実施隊員が現場に到着したときには、ヘリコプターによるクマの追い払いが功を奏したようで遺体のそばにクマの姿はありませんでした。
10時半過ぎに遺体が収容され、警察や消防が立ち去ったあとのことです。実施隊員が残っていると、クマ1頭がササやぶから開けた農地の縁に出てきて立ち上がりました。複数の実施隊員がライフルを向け射撃すると、クマは竹やぶの中に逃げ込みました。
実施隊員が竹やぶの中で見つけたクマの死体は、体長130cm、体重は推定70kgで比較的、体に脂肪のついているメスでした。5~6月のメスのツキノワグマにしてはやせておらず、かなり大きい部類でした。乳汁は出ていませんでしたが乳頭が大きく、前年出産(1歳半)の子グマを連れていた可能性が考えられました。これは、捜索現場で上空のヘリコプターから2頭のクマが目撃されたこととも辻褄が合います。また、日本クマネットワークによる第1の事故の現場検証で発見されたクマの体毛から、メスとの近親関係を否定できないオスの存在が確認されたことも、親子グマだった可能性を補強するものでした。
胃の中には上部3分の1に人肉らしきもの、残り3分の2にはタケノコが詰まっていました。
最初の食害が連続襲撃に
つながったのか
第6の事故現場で捕殺されたメスが一連の事故を起こしたクマだったと仮定して、なぜこれほどまでに襲撃と食害が相次いだのかを考えてみましょう。捕殺されたメスグマは、前年出産した1歳半のオスグマを連れていました。通常、子グマは1歳半の初夏に親離れして単独生活をはじめますが、5月はまだ一緒に行動しているはずなので矛盾はありません。
第1の事故でのメスによる攻撃は、ササやぶの中でばったり出会った男性への防御的な攻撃だったかもしれません。子グマを守るために攻撃した可能性もあるでしょう。しかし、男性の死亡後に遺体を食害したことで、人は簡単に襲える食物であると学習したのかもしれません。
『クマに出遭ってしまったら?』(山崎晃司編著、PHP研究所)
それでも、第2の事故は積極的に襲うというより、近づいてようすをうかがいつつ攻撃したような印象があります。男性に棒で抵抗されましたが、男性が背を向けて逃げた、あるいはつまずいて転んだところを襲ったのかもしれません。
自信を高めたメスグマは、その後もタケノコ採りの人々に接近をくり返します。第4および第5の事故では壮年男性2人に棒で抵抗されて失敗しました。第3および第6の事故では高齢の男女2人が標的となってしまいました。
確かなことは、第1の事故で食害が確認された時点で、加害グマの特定とそのクマの駆除を急がなければならなかったことです。また、生還者のいる事故をふりかえると、クマの攻撃が一瞬のできごとだったわけではないという状況がみえてきます。日和見的につきまとう中で、すきがあれば人を襲うといったなりゆきが想像されるでしょう。生還者のいるどの事例も、手近な棒を使って近寄ってくるクマをいなしています。このクマに対しては、襲われた人々があきらめずかつ落ち着いた抵抗をしたことが生還に効果的だったといえます。







