つい「自分で考えて」と言ってしまう人が、心得ておくべき“大切な言葉”〈風、薫る第128回〉

シマケンとりん、このままお別れか

 りんに頼んで病院を抜け出し、妻と会ったあと病院に戻り、容態が急変して亡くなった。りんはそのせいで仕事ができなくなって失意のまま新潟へ。そこで『派出看護婦心得』をモチーフにした看護の本をまず書いたのだ。

 りんのモデルである大関和は『派出看護婦心得』(初版:1899年/明治32年。当時は『看護婦派出心得』)や『実地看護法』(初版:1908年/明治41年)を書いている。最初の本は、りんが新潟で書いたもののモデルで、今回は「実地看護法」のほうだろう。心得からもっと実践的なものをりんは書くことになる。

 医者に聞かず、無断で病院から患者の家を往復させるという、なかなかとんでもないことをしたりん。若気の至りとはいえ、そこから看護婦に復帰できたことがすごい。そして、やっぱりそのことを忘れていなかったし、彼の言葉を大事にしていたのだ。

 りんのこれまでの人生、何ひとつ無駄なことはなかった。

 シマケンの最後の派出看護となる日。

 すっかり回復しているシマケン。

「看護婦一ノ瀬りんの力です。ありがとうございました」と礼を言い、看護についての本を書いてみるのはどうかと勧める。

 本なら同時に百人、千人に伝えられる。

「いつか僕らがいなくなっても、本は残る」

 迷うりんに、「行動で語る人だからね」と理解を示しつつ、「その本はあとに続く人の道しるべになる」と、ここで今週のサブタイトル「道標」が回収された。

「お世話になりました」
「お元気で」

 ふたりは、あくまで業務モード。ここで改めておつきあいをするという選択には至らないようだ。

 一方、直美は平蔵(太田光)とこれまでのことを振り返る。

 彼に、子どもに囲碁を教えたらどうかと提案したら、見事に子どもと楽しく囲碁をやるようになっていた。お酒の量も、飲むと頭が回らないからと負け惜しみを言いながら、確実に健康への道を歩んでいる。