「1つの仕事を下積みからコツコツ頑張るなんてもはや時代遅れ、興味の赴くままジャンルの異なる3つ以上の仕事を同時進行でこなし、飽きたらさっさと手を引いて、別な『やりたいこと』に注力しろ」といった挑発的なアドバイスに満ちた本書を読んだ時、私は「ああ、日本のオフィスワーカー像が変わったな」と思ったものでした。

 ところが、2010年代も後半に差し掛かると、潮目が変わります。この種の自助努力系自己啓発本に燃え尽きてしまった人たちの存在が浮かび上がってくるんです。そしてそういう人たちの不満を掬い上げたのが、今をときめくYouTuber系論客、「ひろゆき」さんでした。

 誰もが個人的スキルアップを目指して頑張り、そして燃え尽きかけていた時、ひろゆきさんは「お金なんて月5万円くらいあれば暮らしていけるし、それだったらお金を稼ぐためではなく、自分の好きなことに時間を使った方が幸せになれる」と言い出した。

 ひろゆきさんの主張は、それ以前の「頑張れ本」に対する見事なアンチテーゼであり、反動だったんですね。

 そしてひろゆきさんの「頑張るな」の主張は、燃え尽き寸前だった人たち、とりわけ若い世代の人たちの間で広く支持されていきます。

「頑張れ」と「頑張るな」は
明治から揺れ続けてきた

 このように、ここ最近の日本では、「頑張れ」から「頑張るな」への転換が起こっていると言っていいのですけれども、日本の自己啓発本の出版史をひもとくと、このパターンはこれが最初ではないことがわかります。

 たとえば、日本における自己啓発本の端緒は、サミュエル・スマイルズが書き、中村正直が日本語訳した『西国立志編』と、福沢諭吉の『学問のすゝめ』ですが、この2著が「頑張れ本」であることは言うまでもありません。しかし明治時代も後半に入り、「大学を出て官僚になる」という出世の道や、「実業界に入って金持ちになる」という成功の道が行き詰まる時代がやってくる。

 そうなった時、日本の自己啓発本の主流は「修養本」になりました。