写真はイメージです Photo:PIXTA
「もっと頑張らなければ成功できない」――自己啓発本を読むと、そんなプレッシャーを感じたことはないだろうか。ところが、自己啓発の本場・アメリカで重視されているのは、必ずしも「成功」ではない。成功するか、しないかを含めて、自分の人生を自分で選べることこそが核心だという。なぜ日本では自己啓発本が「頑張れ本」として受け止められやすいのか。アメリカ文学者の尾崎俊介氏が、日米の自己啓発思想の違いから、その理由を読み解く。※本稿は、アメリカ文学者の尾崎俊介『自己啓発本を1000冊読んでわかったこと』(集英社インターナショナル)の一部を抜粋・編集したものです。
日本の自己啓発本は
頑張ることを美徳とする
日本で「自己啓発本」と聞くと、多くの人がまず思い浮かべるのは、「一生懸命努力すれば、いずれ必ず道が開ける」という、どこか真面目でストイックな世界観ではないでしょうか。
高い目標に向かって努力を続けること。決してあきらめないこと――。こうした美徳を高く評価する価値観が、日本の自己啓発思想の中心にあります。そしてその思想の目指す先には、「成功」の2文字がある。頑張って、頑張って、頑張った末につかんだ成功こそ、人が目指すべき最高善であるという考え方。
ところが――。
自己啓発思想の本場であるアメリカの自己啓発本は、これとはまったく違うコンセプトを起点にしています。もちろんそれが自己啓発本である以上、「勤勉努力」の美徳であるとか、「成功」の価値とか、そういったものを否定しているわけではありません。
でも、アメリカの自己啓発本が重視しているのは、そこではない。それが本当に重視しているのは、世界の見方そのものを変えること。その点において、日本の自己啓発本とアメリカの自己啓発本は、見た目はともかく、本質的には似て非なるものです。
アメリカの自己啓発本は
努力を押しつけてこない
そしてこの「似て/非なるもの」というところから、日本人はアメリカの自己啓発本を誤読しがちです。そしてその誤読にも2つの方向性がある。その2つとは……
(1)アメリカの自己啓発本は、日本の自己啓発本と同様、くだらない。
(2)アメリカの自己啓発本は、日本の自己啓発本と違って、くだらない。
というもの。
(1)は、日本の自己啓発本を読んで、「自己啓発本というのはくだらない」という結論に至り、その結論をアメリカの自己啓発本にもそのまま当てはめてしまうパターン。
(2)は、「日本の自己啓発本は勤勉努力の勧めだから良いが、アメリカの自己啓発本はそれを否定するようなことを言い出すから良くない」と思ってしまうパターン。
もちろんどちらのパターンも間違っている、と言うつもりはありません。価値判断は人それぞれですから、そのように思うことは自由です。でも、もし仮に、アメリカの自己啓発本を日本の自己啓発本と同様のものとして読み、その結果として(1)(2)のような判断を下しているのだとしたら、それはちょっともったいないかもしれません。
先に述べたように、アメリカの自己啓発本は日本のそれとはまったく異なるコンセプトから出発していて、その目指すところも別なのですから。







