知っておきたい
「ギャンブルの本質」

 ギャンブラーの楽しみの主要部分は、「大きく勝つ」ことだ。特にその勝ちが、他の人にはなかなかできない類のものであったとき――たとえば、誰も予想できなかった万馬券を当てるといった大勝ち――、そのギャンブラーは自慢してもよい。いや、そのような自慢話は誰もが聞きたがるものである。

 大きく勝つ人は、トータルでそれ以上に負けることも少なくない。トータルでは大きく負けていても、満足のいく大勝ちがあれば、ギャンブルへの投資はペイするものと考えられたい。それが、ギャンブルというものの本質なのである。

『ギャンブルのからくり』書影『ギャンブルのからくり』(谷岡一郎、講談社)

 そもそも「トータルで勝っているか否か」などと気にするようでは、あまり良いギャンブラーとは言えない。長期的に見ればほとんどの人は負けているわけで、それがゆえにギャンブル産業は成立する。「自分だけは勝てる」などとは、ゆめゆめ考えないように。

 ギャンブルに反対する人々は、ほとんどの人が損失を出すがゆえに、そして何も生み出さないがゆえに、ギャンブルを不健全なものと主張することがある。しかし、平均して負ける分は、ディズニーランドの入場料のようなものと思えばいいだけの話である。昨今は、親子4人でディズニーランドに行くと、入場料だけでも3万円は下らない。それに交通費や宿泊代が加わるわけで、出費はその何倍も多いはずだ。

 負けることは、ギャンブルの楽しさの1つとすら考えられるが、ディズニーランドとは違い、ギャンブルは(たまに)勝つことすらありうるのだ。

 コマの上げ下げは、ギャンブラーが習得すべき素養の1つである。何度も言うように、筆者の方法をマネる必要はないが、自分なりの哲学で自分流のものを開発してほしい。ただ何も考えず、闇雲に賭けるのだけはやめましょう。