オフィスの窓から外を眺める中高年のビジネスマン写真はイメージです Photo:PIXTA

49歳で家督を息子に譲った伊能忠敬は、その後、19歳年下の天文学者に弟子入りし、55歳から日本全国の測量を始めた。現代にも、定年まで一流企業のエンジニア部長を務めた後、慶應義塾大学大学院に進み、英文学の研究に没頭する男性がいる。人生の前半を仕事や家族のために生きた人が、後半になって「本当にやりたかったこと」に向かう――。2人の生き方から考える、人生後半の「第二の人生」とは。※本稿は、経営コンサルタント・僧侶の安永雄彦『定年で終わる人、終わらない人 豊かに生きるための5つの智慧』(講談社)の一部を抜粋・編集したものです。

「出家」を選んだ先人をたどると
人生には「第2の段階」がある

 日本の歴史を振り返ると、人生の節目に「出家」を選んだ人々の例は数多く見られます。戦国武将が戦いに敗れて出家する。あるいは、跡継ぎに家督を譲った後、剃髪して隠居する。商家の主人が、息子に店を譲り、仏門に入る。こうした例は、決して珍しいことではありませんでした。

 現代の私たちは、こうした「出家」を「世捨て人になった」「人生から降りた」と捉えがちです。しかし、それは誤解です。むしろ、「出家」とは人生の新しい段階に進むこと、より深い成熟へと向かうプロセスだったのです。

 なぜ、彼らは「出家」を選んだのでしょうか。それは、人生には段階があることを、彼らが深く理解していたからです。

 若い頃は、家を興し、子を育て、社会的な責任を果たす。それが第1の人生です。しかし、その責任を果たし終えたとき、人生は次の段階に進みます。それが、自分自身の内面と向き合い、精神的な成長を遂げる第二の人生なのです。

 人間が成長して、人間としての成熟に向かうプロセスには共通項があります。それは、外側の世界から内側の世界へと関心が移っていくことです。若い頃は外の世界を征服しようとします。しかし成熟するにつれて、内なる世界を探求するようになる。