重要なのは、第1の人生をおろそかにしなかったことです。家業をしっかりと立て直し、後継者を育て、責任を果たしてから、次の人生に進んだ。この順序が、彼の第二の人生を可能にしたのです。
また、第二の人生において、彼は名声や地位を求めませんでした。むしろ、純粋に学問への情熱と、国のために役立ちたいという思いに突き動かされていました。
元エンジニア部長は
定年後に英文学を選んだ
現代でも、こうした「一身二生」を実践している人がいます。
私の友人に、一流企業でエンジニア部長職を務めていた人がいます。彼は会社を定年まで勤め上げ、責任を全うしました。周囲は「次はどこかで嘱託として働くのか」と聞きましたが、彼の答えは意外なものでした。
実は彼は、高校時代から英文学に強い関心を持っていました。しかし、理科系の科目が得意だったこともあり、工学部に進み、エンジニアの道を選んだのです。そして40年近く、その仕事に全力を尽くしてきました。
定年退職後、彼はカルチャーセンターで英文学の原書講読の教室に通い始めました。久しぶりに触れる英文学の世界。その魅力に改めて引き込まれていきました。
そんな彼に、高校時代からの友人だった私が大学院進学を勧めたのです。「せっかくこれだけ熱心に勉強しているのなら、大学院で本格的に学んでみたらどうか」と。そして、私の友人の英文学教授を紹介しました。
最初は迷ったそうです。この年齢から大学院に入るのか。若い学生たちについていけるのか。しかし、「やらずに後悔するより、挑戦してみよう」と決意しました。
慶應義塾大学大学院の文学研究科を受験し、見事に合格。そこから、彼は一から英文学を本格的に学び直しました。文学理論、批評史、研究方法論。学部時代に学ばなかった英文学の体系を基礎から、丁寧に積み上げていったのです。
『定年で終わる人、終わらない人 豊かに生きるための5つの智慧』(安永雄彦、講談社)
現在、彼は後期博士課程で博士号(Doctor of Philosophy)の論文を執筆しています。現代英国の小説を研究し、英国での学会発表も行っています。再就職のためでも、資格取得のためでもない。純粋に学問研究を志した「一身二生」のケースと言えるでしょう。
「会社員時代は、常に結果を求められた。でも今は、結果よりもプロセスが楽しい。分からないことを調べ、考え、議論する。この純粋な知的好奇心を満たせることが、こんなに幸せだとは思わなかった」と彼は語ります。
伊能忠敬の生き方、私の友人の生き方。これらに共通しているのは、人生を2つの段階に分け、それぞれの段階で全力を尽くしていることです。第1の人生で社会的責任を果たし、第二の人生で自己実現を追求する。これこそが、現代における「一身二生」の生き方なのです。







