知識が豊富で、物事を論理的に考えられる人なら、間違った情報にも簡単には騙されない。そう思っている人は少なくないだろう。しかし、人間の脳には、情報の正しさを判断するときに、ある意外な錯覚を起こす仕組みがあるという。しかも、それは特別に判断力が低い人だけに起こるものではない。普段から多くの情報に触れ、自分なりに考えている人でも、気づかないうちに「正しい」と思い込んでしまうことがあるのだ。私たちの脳が「情報の正しさ」を見誤ってしまう仕組みを『すべて本能のせい』から解説する。(ダイヤモンド社書籍編集局)

振り向いているスーツの男性Photo: Adobe Stock

「頭がいい人」なら、間違った情報を見抜けるのか?

ニュースやSNS、動画などを通じて、私たちは日々さまざまな情報に触れている。
その中には、正しい情報もあれば、誤解を招く説明や、事実とは異なる情報も含まれている。

では、知識が豊富で、物事を論理的に考えられる人なら、そうした情報を正しく見分けられるのだろうか。

もちろん、知識や経験が判断の助けになることはある。

しかし、人間の脳は、情報の正しさだけを手がかりに判断しているわけではない。

たとえば、何度も耳にしたことがある話。
あるいは、複雑な問題をすっきりと説明してくれる話。

そうした情報に接すると、私たちは「これは正しそうだ」「よく理解できた」と感じることがある。

だが、その感覚が、必ずしも情報の正しさを保証しているわけではない。

実は、脳が情報を処理する際の「ある特徴」が、私たちの判断に影響しているという。

「わかりやすい」と感じたとき、脳で起きていること

『すべて本能のせい』ではそのような仕組みを下記のように説明している。

人間は、繰り返し接触した情報を無意識のうちに「真実らしい」と感じやすくなります。
これは単なる思い込みではありません。
脳では同じ情報に繰り返し接すると、その情報の処理が楽になることが知られています。
さらに脳の報酬系は、問題が解けたり、バラバラだった情報が一つの説明によって整理されたりしたときにも反応します。
実際には十分理解できていなくても、複雑だった情報が一つの説明によって整理されると、脳は強い納得感や快感を生み出します。
「処理が楽になった」という感覚と「深く理解できた」という感覚は、混同されてしまうことがあるのです。
このように情報の処理のしやすさが、「情報がどれだけ正しいか」「どれだけ信じていいか」といったときの基準として機能してしまうのです。
その結果、内容を客観的に判断して本当に正しいかどうかにかかわらず、「これは正しい」と脳が誤認する大きな要因となります。
また、脳の前頭前野や帯状皮質は、自分がどれだけ理解しているかを客観的に評価する「メタ認知」の機能に関わっていますが、この評価さえも脳の処理がどれだけスムーズかに大きく影響されてしまいます。

「理解できた」という感覚が、判断を誤らせることもある

この仕組みで興味深いのは、情報をスムーズに処理できることと、その情報が正しいことは別の問題だという点だ。

たとえば、複雑な社会問題について、誰かが一つのわかりやすい説明をしてくれたとする。
それまで難しく感じていた話が、すっきり整理されると、「なるほど、そういうことだったのか」と納得することがあるだろう。

しかし、その説明がわかりやすいからといって、必ずしも正しいとは限らない。
重要な情報が省かれていたり、複雑な問題を単純化しすぎていたりする可能性もある。

それでも私たちは、「理解できた」という感覚を、そのまま「正しい」という判断につなげてしまうことがある。

さらに、同じ情報を繰り返し見聞きすると、脳はその情報を処理しやすくなる。

すると、内容を十分に検証していなくても、以前より正しいと感じやすくなるのだ。

つまり、「聞き慣れている」「わかりやすい」という感覚が、情報の信頼性を判断する手がかりになってしまうのである。

「自分は騙されない」と思っている人も、注意したいこと

では、こうした脳の錯覚を防ぐためには、どうすればいいのだろうか。

大切なのは、何かの説明を聞いて「なるほど」と思ったときに、その納得感と情報の正しさを分けて考えることだ。

何度も聞いたことがあるから、正しいと思っているのか。
説明がわかりやすかったから、納得したのか。
それとも、情報の根拠を実際に確認したうえで判断しているのか。

こうした違いを意識することが、情報との向き合い方を見直すきっかけになるだろう。

もちろん、わかりやすい説明が悪いわけではないし、何度も聞いた情報が間違っているとも限らない。

ただ、脳が生み出す「わかった」という感覚は、必ずしも正しさの証明にはならない。

情報を正しく判断するためには、「自分が納得できたかどうか」だけでなく、「その説明には根拠があるか」を確かめることが重要なのだ。

自分は十分に理解できていると思ったときこそ、少しだけ立ち止まってみる。
その姿勢が、脳の錯覚に振り回されずに情報と向き合うための助けになるかもしれない。