「思い切ってやれ」「責任は俺が取る」。その言葉だけで、相手は安心して挑戦できるのか。危険な場所と、困ったときの戻り方を伝え、失敗しても致命傷にならない仕組みを用意する。人を信じるための備えとは。本稿は、坪田信貴著『育てる。』(ダイヤモンド社)から一部を抜粋して紹介する。
Photo: Adobe Stock
「危険な場所」と、「迷ったときの戻り方」は教えておいたほうがいい
子どもに初めてお使いを頼むとき、ただ、「牛乳を買ってきて」とだけ言って送り出す人は少ないと思います。
「横断歩道では、信号が点滅したら渡らないよ」
「知らない人にはついていかないでね」
「お金を落とさないようにね」
「牛乳が見つからなかったら、店員さんに聞いて」
「売り切れていたら、勝手に別のものを買わず、一回電話して」
そういうことを、先に伝えます。なぜなら、どこで失敗しやすいかを、大人は経験から知っているからです。仕事も同じです。
「この仕事は、ここでミスが起きやすい」
「この段階で確認を忘れる人が多い」
「最初に数字がよくても、そのあと一度落ちる」
「ここまでくると焦って、余計なことを始めたくなる」
「困ったら、この人に相談して」
「この状態になったら、いったんここまで戻ろう」
と伝えておく。
全部の答えを先に教える必要はありません。それでは、自分で考える機会まで奪ってしまいます。
でも、「危険な場所」と、「迷ったときの戻り方」は教えておいたほうがいい。
山道を歩いているとき、「この先、滑りやすい」という看板があれば、少し慎重に歩けます。滑ったとしても、
「ああ、ここは滑りやすい場所だったんだ」と思える。何も知らずに突然転んだら、
「なんで自分だけ転んだんだ」
「自分は歩くのが下手なんだ」
と思うかもしれません。失敗を完全になくすことはできません。でも、失敗しやすい場所を先に知らせることはできるのです。
「失敗を恐れず飛べ」と言うなら、下に網を張る
ただ、失敗しやすい場所を先に伝えるだけでも、十分ではありません。
実際に失敗したときに、取り返しのつかないことにならないようにする。そこまで考えるのも、育てる側の仕事です。
たとえば、部下に初めて大きな仕事を任せるとします。そのとき、
「失敗を恐れるな」
「思い切ってやってみろ」
「責任は俺が取る」
と言うだけなら簡単です。でも、本当に任せるのであれば、
「もし失敗したら、最大でどこまで損害が出るのか」
「そこまでは会社として引き受けられるのか」
「途中で一度確認したほうがいい場所はどこか」
「本人が困ったとき、誰に相談できるようにしておくか」
「失敗しても、もう一度挑戦できる余地を残せるか」
というところまで、育てる側が考えておいたほうがいい。
人を信じるというのは、何も備えずに、すべてをその人へ預けることではありません。
どれだけ誠実な人でも、追い詰められれば判断を間違えることがあります。どれだけ優秀な人でも、初めての仕事なら見落とすことがあります。だから、重要な仕事には途中で確認する場所をつくる。大きな決断を一人だけでしなくていい仕組みにする。困ったときに相談できる人を決めておく。
それは、その人を疑っているからではありません。その人を信じ続けるために、疑わなくても済む仕組みをつくっておくのです。
空中ブランコを初めてする人に、
「失敗を恐れず飛べ!」
と言うだけでは、ただの無責任です。下に網を張る。命綱をつける。最初は低いところから飛ばせる。失敗したときには、受け止める人を置いておく。そこまで準備して初めて、
「大丈夫。思い切って飛んでみよう」
と言えます。育てる側の仕事は、相手に勇気を要求することではありません。相手が勇気を出せる環境をつくることです。
失敗させないことが、育てることではありません。失敗しても致命傷にならず、そこからもう一度挑戦できる状態をつくっておく。それがあるから、人は安心して一歩を踏み出せるのです。








