若い頃より経験も知識も増えたはずなのに、会議で発言しても反応が薄い。部下や後輩が、自分の話を本気で聞いていない気がする。言っていることは間違っていないのに、なぜか説得力がない。そんな違和感を抱えている人にぜひ読んでほしいのが『頭のいい人が話す前に考えていること』(安達裕哉著)だ。経験を積んでも話がつまらないと思われてしまう人がつい口にしているひと言について、本書から引用しつつ紹介する。(構成/ダイヤモンド社書籍編集局)

年配 コミュニケーションPhoto: Adobe Stock

経験が増えたのに、話が軽くなる人

「あの人の話、だいたい同じなんだよね」
「言ってることはわかるけど、根拠がよくわからない」
「昔話になると長いんだよな」

年齢を重ねるにつれて、周りからそんなふうに思われてしまう人がいる。
本人は、若い頃よりずっと多くのことを知っている。
経験も積んできたし、自分なりの考えも持っている。
それなのに、なぜか話を真剣に聞いてもらえない。
その原因は、話の内容そのものより、ある口グセにあることが多い。

「みんな言ってるよ」

その口グセが表れているのが、次の会話である。

「最近の若い人は、忍耐力が足りないね」
「そうなんですか?」
「ほら、こないだ配属されてきたあの新人、もう来月辞めると」
「へー、そうなんですね」
「俺らの若いころは、歯を食いしばって、先輩のしごきに耐えたもんだけどね」
「ちょっと待ってください、新人さんの忍耐力が足りないって、なんでわかるんですか? 直接指導してないでしょ」
「え、みんな言ってるよ。あいつは忍耐力がないって」
「……みんな、ってのは本当に『みんな』ですか?」
「えー、田中さんと、鈴木さん……かな」
このように、あくまでも自分の主観的な意見を事実として話してしまうのは、頭のいい人の態度とはいえません。
――『頭のいい人が話す前に考えていること』より

「みんな言ってるよ」は、自分の意見を、さも事実であるかのように見せるときの典型的なフレーズだ。
実際に言っていたのは、ふたりだけ。
それを「みんな」と言った瞬間、聞き手は「この人の話は、そのまま受け取らないほうがいい」と判断する。
本書によれば、話が浅いと感じさせる人には3つの特徴がある。
根拠が薄いこと、言葉の意味や定義をよく考えずに使うこと、そして物事の成り立ちを知らないことだ。
「みんな言ってるよ」は、このうちの「根拠が薄い」の代表例といえる。

経験を積んだ人ほど、この口グセに気づけない理由

若い頃は、多少根拠が薄くても、勢いや可愛げで乗り切れることがある。
しかし、年齢を重ねると、それは通用しなくなる。

厄介なのは、経験が増えるほど、自分の感覚を「事実」だと思い込みやすくなることだ。
身の回りの何人かが同じことを言っていれば、それを「みんな」と言ってしまう。
さらに、立場が上がるほど、面と向かって指摘してくれる人も減っていく。
こうして本人が気づかないまま、話はどんどん軽くなっていくのだ。

感想を「意見」に変える方法

では、話に重みを持たせるにはどうすればいいのだろうか。
本書は、事実と感想と意見を分けて考えることをすすめている。

事実とは、証明できる客観的な事柄。
感想とは、証明できない主観的な事柄。

そして意見は、感想から出発し、他の人も納得できる根拠を持ち合わせたものだ。

「最近の若い人は忍耐力が足りない」は、根拠がふたりの噂話しかない時点で、感想の域を出ていない。
これを意見にするには、根拠を足す必要がある。

たとえば、自分の考えとは真逆の意見をあえて調べてみる。
人は、自分に都合のいい情報ばかり集めてしまう生き物だ。
「若い人は辛抱が足りない」と思い込んでいると、すぐ辞めた新人の話ばかりが目につくようになる。
あるいは、大学や官公庁が発表している統計データにあたってみる。
それだけで、同じ話でも聞き手の受け取り方は大きく変わる。

「みんな言ってるよ」と言いかけたら、それが本当に「みんな」なのか、一度立ち止まる。
経験を重ねた人こそ、その一呼吸が、話の重みを取り戻すきっかけになるのではないだろうか。