できる人、優れた経営者は即断即決

 このように、ゆっくりと考える人が多いのだが、ごく一部の優れた人は、高速で動き大きな成果を出す。時間を1分も無駄にしない。素晴らしいスピードで情報収集をし、意思決定をし、電光石火でアクションに移している。かなりのボリュームの企画書を驚くほどのスピードで仕上げることもできる。しかも、時間をかけるとますますよい内容に仕上げていく。

 ただ、そういう人は本当にごく一部だ。ほとんどの人は延々と時間をかける。しかも、急いでも急がなくても思ったように考えが深まらない。時間を2倍かけると2倍よい内容を考え出せるかというと、まずそんなことはない。

 どうしてこういう差が生まれるのか。
 一つは、前章でも述べた訓練の欠如だ。どうすれば効率よく進めることができるか、素早く考えをまとめ、分析をし、深掘りをし、わかりやすく整理して仕上げられるか、周りを動かして一気に成果を出せるか、という訓練が学校でも会社でもほとんどない。

 新入社員は、書類の書き方や礼儀作法については教わることが多い。ただ、瞬時に情報を把握すること、問題点を整理すること、解決策を考えることなど、「考える」という基本作業に関してはほとんどトレーニングされない。

 私のいたマッキンゼーでも、仕事ができる人はそもそもセンスがいいが、それに加えて仕事ができる先輩からの伝授という形で匠の技が継承されていく。こいつはできないと思われると、技の伝授があまりされず、「普通の人」「できない人」の烙印が押されたままになる。ある程度の資質があり、それを見せることができて、たまたまできる組に入るとラッキーだが、そうでないとなかなか挽回しづらい。特別な努力と工夫をして成長できる人ももちろんいないわけではないが、最初のダッシュがかなり重要になる。

 もう一つは、生産性という概念の欠如だ。製造現場の生産性向上にはどんな会社でも取り組むが、企画書・報告書作成、メールのやり取りなどのデスクワークに対しては、生産性という概念があまり広まっていないし、体系的な努力もほとんどされていない。あまりに仕事が遅ければ「遅い! もっと早くやれ」という叱責はあるだろうが、人によって内容によって、かかる時間に差があるのが当然という暗黙の了解がある。製造原価は1円あるいはそれ以下の単位で管理するが、どれだけ速く考えているか、どれだけ早く決断しているか、どれほどすさまじく頭が回転しているかどうかについてはそれほど問われない。

 それどころか、時間をかけていれば、あるいは、待ち続ければよい考えが生まれるとか、考えが天から降ってくる、という考え方まである。「神の啓示」のような偶然はもちろんあり得るが、神の啓示は、ものすごい努力をしている人が限界まで考え抜いて、壁に当たって、ある日突然その壁の向こうに青空が見えることである。本当に努力している人だけに舞い降りるものであり、普通の努力しかしていない人が言うと、単なる言い訳だ。

 考えた時間分の成果を出したいし、出してほしいところだが、残念ながら多くの人にとって、考える時間の長さとアウトプットの量・成果はほとんど比例しない。速い人はびっくりするほど速く、遅い人は許し難いほど遅い。

 一方で、経営者を見ると、多くの人(特に優れた人)が即断即決だ。もちろん、慎重に議論すべきことや相談相手・利害関係者が多い場合は、当然、手続き上慎重に進めるが、気持ちとしては早々に意思決定している。悩んだとしても、A案、B案、C案のメリット、デメリットが明確に頭の中にある。

 優れた経営者、優れたリーダーはどうして即断即決できるのか。普段からその問題について考え続けているからだ。必要な情報収集も怠らない。常に感度が高く、アンテナが強力に立っている。その分野の専門家とのネットワークも豊富に持つ。信頼できる相談相手が何人もいる。最善のシナリオ、最悪のシナリオも常に考えている。どこを押すとどうなるか、競合の動きなども全部頭に入っている。そういう臨戦状態にいつもいるので、何が起きても驚かない。慎重でいながら正確、かつ電光石火ということが十分できる。

 別の言い方をすると、どんなことに対しても、「これはこうかな」という仮説を立てている。あるいは立てることがすぐできる。仮説は立てた後で検証する。検証して違っていれば、すぐ立て直す。このスピードが滅法速く、かつ迷走しない。

 たとえば、女性を対象としたスマートフォン向け占いアプリについて、
「iPhone保有率の高い、都市部の20代後半女性ユーザーにとって、占いコンテンツを楽しむのは帰宅後一息ついた午後9時以降ではないだろうか。したがって、アクティブ率を上げるにはその時間をねらった占いコンテンツの時間限定プロモーション企画を投入してはどうか」
という仮説を立てたら、

1. 
都市部の20代後半の女性ユーザーのiPhone保有率が本当に高いのか、ネット検索等で確認する。その分野の専門家にすぐ電話したり、直接何人もの20代後半の女性ユーザーにヒアリングし、生の声を聞く。このプロセスで、ターゲットユーザーの意識、価値観、行動様式等を理解し、現場感覚を身につける

2. そもそもターゲットは20代後半の都市部の女性でよいのか、利用率が本当に高いのか、ネット検索や専門家のヒアリングで確認する

3. ターゲットユーザーが占いコンテンツを楽しむのが本当に午後9時以降なのか、ユーザーインタビュー等により確認する。また、ターゲットユーザーが何時頃iPhoneを利用するのか、ユーザーへのヒアリングに加え、インターネット上の市場調査結果を検索する

4. 
ターゲットユーザーがどういうプロモーションに反応しやすいのか、知人のアプリディレクターに確認したり、自社サービスのデータを分析する

などを通じて仮説を検証する。想像と違うことはよくあることなので、すぐ仮説を修正する。

 経営者に多いと言ったが、もちろん契約社員やアルバイトの人でも、できる人は本当にできる。人間は本来みな頭がいいからだ。