「定年後は田舎で…」と考える人は少なくない。しかし、今は平日は都会で働き、週末は田舎で過ごす「二地域居住」は十分実現可能だ。東京生まれ、会社勤め、共働き、子ども3人。「田舎素人」の一家の奮闘記をまとめた新刊『週末は田舎暮らし』から、本文を一部抜粋して紹介する4回連載の第2回。
遅ればせながら、自然デビュー
わたしにとっての故郷は、いわゆるコンクリート砂漠です。東京都内のマンションで生まれ、そのまま都内で育ちました。「田舎のおばあちゃんち」は存在せず、はじめて補助なし自転車に乗ったのはマンションの駐車場。休日の遊び場はデパートの屋上。
大学では建築や都市について学び、修士論文は「都市における劇場空間とは」なんてもうぺんぺん草も生えないようなテーマで、就職先の建築設計事務所では日がな一日タコ部屋で図面をひき、時間ができれば展覧会や美術館巡りをし、舞台や映画を鑑賞し、たまーにクラブに行き、家に帰って本を読む。
それを別に窮屈だとも思わず過ごしてきましたし、むしろ、常に生きもののように様変わりしていく都市の街並みを楽しみ、時代の先端をいく人々や情報にリアルに接しながら過ごす日々は、わたしの好奇心を十分に満足させるものでした。
都市的な環境に不満を持つとか疑うとか、ここではないどこかに生きることなど、まるで想像できない。その後の人生もきっと「都市的などこか」にあるのだろうなと思っていました。
そんなですから、のちに結婚することとなる彼が無類の自然好きだと知っても「まあ! 自然が好きだなんてきっと心優しい人ね」などと漠然とウットリするだけで、自分の生活がどう変化するかなんて具体的に想像できませんでした。彼の実家も東京でしたし。
しかし、デートは山奥にあるシャクナゲの自生地見学、海水浴場でも何でもない岩場でのシュノーケリング、カンアオイという下草植物探し、ラフティング、谷川岳登山、と見事にアウトドア一色。
そして、新婚旅行は自宅から鹿児島まで日本縦断の旅、最終目的は鹿児島や宮崎で亜熱帯植物のシダ見学……。南の島のロッヂで優雅に寝そべる妄想は妄想に終わり、わたしは驚きながらその自然志向を丸ごと受け止めて、彼の楽しみをわたしも楽しまなきゃ、と思っていました。当時は多少かわいげのある嫁だったということです。