成功したベンチャー経営者が起こした
イノベーションの原点にある「義憤」

 イノベーションを起こすために、多くの“専門家”が知恵を絞ってきた。どのような方法を取ってきたか。市場の動向を見極め、顧客の潜在的なニーズを探る。一方で世にまだあまり知られていない技術やビジネスモデルを発見したり、あるいは開発したりする。それを合わせて、結合させることで、新しい事業の可能性が見えてきたり、新たなソリューションを提案したりする。

 それが、多くの“専門家”がしてきたことだ。プロセス的には間違いではないが、実はこれだけでは十分ではない。

 なぜならば、このようなやり方で生まれたイノベーションには往々にしてエネルギーというか、熱がない。考えたり、それを実行しようとする人間と、そのイノベーションの間にどうしても距離があり、人は客観的に、悪く言えば覚めた目でそのイノベーションを検分する。あるいは経済価値だけで、そのイノベーションを推進しようとする。

 対象に没入することなく、ただ外から観察している。こうしたやり方で生まれたイノベーションは多くの場合、失速してしまう。

 私はこれまで、数々のベンチャー企業経営者とお会いし、ヒヤリングをしてきた。確かな社会的価値を生み、成功したベンチャー企業経営者には、必ず、“義憤”があった。

 義憤とは、不公正な物事に対する憤りと定義されている。怒りであるが、私怨ではない。理想的な社会に反することに対する怒りだ。

 義憤を持つ者は、客体との距離がない。一体化している。「これはおかしい。何とかしなければいけない。誰もやらないのであれば、自分がやるしかない」。そこで決意して、それから技術や人脈やノウハウや、何もかもを必死になって組み合せて解決を試みる。

 そこに新結合が生まれる。

 たとえばワークスアプリケーションズの牧野正幸CEOの目的は、会社を設立することでも、儲けることでもなかった。それまで不可能といわれていた、日本の大手企業向けのERPパッケージソフト(経営の効率化等を図るソフトウェア)の開発を行う。その一点だった。

 なぜ不可能といわれていたのか。それは、日本企業は業務が複雑で、企業ごとに手順も内容も違うとされていたから。だから、パッケージソフトを使わず、オーダーメイドで必要なソフトウェアを開発していた。