社会情報学の理論も統計学で実証できるか
西内 前回ちょっとおうかがいしましたが、公文先生は以前、計量経済学(※1)を学ばれたとか。
※1 経済学の理論に基づいて経済モデルを作成し、統計学の方法によって経済モデルの妥当性に関する実証分析をおこなう学問
多摩大学情報社会学研究所所長/多摩大学教授。1935年高知県生まれ。1957年東京大学経済学部卒、59年同大学院修士課程修了。1968年米国インディアナ大学経済学部大学院にてPh.D.取得。東京大学教養学部教授を経て、1993-2004年国際大学グローバル・コミュニケーション・センター所長。2004年4月より多摩大学教授・多摩大学情報社会学研究所所長就任。現在に至る。主な著書として、『情報文明論』(1994年、NTT出版)、『情報社会学序説』(2004年、NTT出版)、『情報社会のいま』(2011年、NTT出版)など。他に共著として、『文明としてのイエ社会』(1979年、中央公論社)、『情報社会学概論』(2011年、NTT出版)がある。
公文 そうです。50年ほど前、アメリカに留学していたときに習ったきりで、今はずいぶん知識が錆びついてしまいました(笑)。西内さんの本で勉強しなおさせてもらっています。それで思いだしたのですが、そのとき使っていた教科書は、回帰分析や、信頼度、相関などについては載っていたのですが、『統計学は最強の学問である』で大きく扱われている「ランダム化比較実験(※2)」については、まったく出てきませんでしたね。
※2 研究対象物・者をランダムに分け、異なる状況を設定し、出てきた差を統計学的に分析する研究手法
西内 ああ、そうなんですね。
公文 まあ、経済学では改めてランダムにサンプルをとるわけにいかないものを扱っているので、すでにあるデータを使おうということだったんでしょうね。
西内 そうですね、ランダムに国を2つに分けるわけにもいかないですからね(笑)。でも最近では、経済学者もランダム化比較実験に興味を持ち始めているんですよ。例えば、アメリカの州の境目を挟んで隣り合っている2つの町に注目したとき、たまたま片方の州だけで先行して行われた労働政策があったとします。それによって、もともとほとんど状況が変わらなかった2つの村の間で失業率がどれくらい変わったのかを調べると、それはひとつの「実験」になる。それを自然実験というのですが、最近のアメリカの経済学者は、いかにおもしろい自然実験のシチュエーションを見つけてくるかを競っていたりします。
公文 行動経済学も広まってきたので、実証的な研究が進んできたんでしょうね。
西内 社会情報学の分野ではいかがでしょうか。最近の先生の本を読むと、ここまで理論を整理してくれたらそろそろ実証が可能なのではないか、と統計学者として期待してしまいます。
公文 統計的に確かめていただけると、ありがたいですね。私は、社会のさまざまな事物が、ゆっくり現れる「出現」、急速な成長によって世の中に普及する「突破」、過剰な期待によってふくらんだバブルがつぶれる「成熟」、そして定着するという理論を提唱しているのですが……。
西内 S字の波でさまざまな事象を説明できるというものですね。
公文 しかし、それをどういった指標を使って定量的に示すか。これがなかなか難しく、実証にまでたどりつけていません。
西内 新製品や新技術が市場に浸透するときのいわゆるイノベーション普及理論っていうのもS次曲線を想定していますよね。経済物理学の分野の研究で、ソーシャルネットワークにおいて新しい流行語が普及する過程もこうしたS字曲線になった、みたいな研究がありました。こうしたデータや考え方を応用して、先生の理論の実証に結びつかないかな、と考えています。