そんななか、筆者は対中ビジネスに積極的なある視察団に上海で遭遇した。鹿児島相互信用金庫(鹿児島市)が主催する貿易ミッションには、焼酎や水産物など地元特産品の輸出を志向する企業もあれば、環境技術や有機農法などの分野でパートナー企業を探す企業も参加していた。

 この時期に、30人の参加者を集める視察団は非常に珍しい。その上、時代的逆風の中で「今から中国」を検討するその積極性は注目に値する。同信用金庫室長の村田秀博さんは、こうコメントする。

「チャイナプラスワンはあってもネクストチャイナは有り得ません。東南アジアを目指しても、資材調達は中国からがほとんどであり、そう簡単に中国を切り離せるわけではないのです。しかも、地元政府は私たち以上に本気。今だからこそ新規開拓のチャンスだと思っています」

 中国進出もブームであったが、中国撤退もまたブームになりそうな機運のなかで、「そうではない選択」をする企業や自治体も存在するのだ。日系企業の撤退は確かに時代を象徴する現象ではあるものの、決して中国における日本企業の経済活動が途絶えたわけではない。

 しかし、中国ビジネス環境の変化の潮目で「とどまるべきか、退くべきか」の判断に、上海の日本企業が揺れているのも事実である。

 上海ビジネス30年という古参の日本人は、ある日中合弁企業の董事かつ総経理を勤めてきた。我慢強く、人望もあり、多くの日本人が世話になった。その日本人総経理は、筆者が尋ねた「今後も続投するのか」という質問に次のように打ち明けた。

「いささか前向きな思考を失いつつあります。個人的な心境でいえば、現況事業の契約満了での譲渡を穏便に遂行することをも考えています」

 中国ビジネスは現実の困難さに加え、日中関係の複雑さや中国経済の不透明感が深まるなかで、従来とははっきり異なる戸惑いの表情がいっそう色濃くなってきた。この上海市場の発展に期待をし、そこに人生を重ねてきた日本人は少なくないが、このターニングポイントを複雑な気持ちで受け止めている。