第二次世界大戦後、イギリスでは医療関係者らによって障害者スポーツ大会が開かれるようになった。これはイギリスに帰還した傷痍軍人のリハビリと社会復帰の後押しが目的で、傷痍軍人以外のアスリートに公式に門戸が開かれたのは、1960年のローマ大会からであった。

 オリンピックの開催地で障害者スポーツの国際大会が同じ時期に行われるようになったのは1988年のソウル大会からで、国際オリンピック委員会による大会運営が始まり、大会名が「パラリンピック」と定められたのもこの時からである。

 ソウル大会から32年後の2020年に行われるパラリンピック東京大会は、オリンピック終了後の8月25日に開幕が予定されており、9月6日までに22の競技でメダル争いが繰り広げられる。

 政府は昨年11月、アスリートや競技団体の支援強化とスポーツ行政の一元化を図る目的で、2015年度中にスポーツ庁を創設する意向を示した。現在はオリンピックが文科省、パラリンピックは厚生労働省の管轄にあり、これらを1つにすることで日本のスポーツ行政の風通しをよくするのが狙いだ。

 パラリンピックまであと6年、日本の障害者スポーツはどう変わるのだろうか?

傷痍軍人の社会復帰に
活用されるアメリカ

 日本よりも障害者スポーツの普及が進んでいるようにも思える海外の事情はどうなっているのか。アメリカとイギリスで障害者スポーツに詳しい専門家に話を聞いた。

 1967年設立の「障害者スポーツUSA 」は障害者向けのさまざまなスポーツ大会を運営する非営利団体で、全米各地で主催する大会には毎年約6万人の選手が参加している。障害者スポーツ活動支援を行う団体としては、全米でもっとも大きなものの1つに挙げられる。

 この団体の事務局長を務めるのが、ベトナム戦争に従軍経験のあるカーク・バウアー氏だ。バウアー氏は米陸軍歩兵師団の兵士としてベトナムにいた1969年、投げ込まれた手榴弾によって片足を失う重傷を負った。帰国後にロースクールで法学博士の学位を取得し、1982年に障害者スポーツUSAの事務局長に就任した。