紛争を武力で解決しない。日本が国際社会で生きる大原則が「平和外交」だった。この理念は援助にも活かされた。ODA大綱には「軍事的用途を回避する」と明記された。武力に頼らず民生分野で徳を積み、影響力を高めていく。そんな国是が国会議論もなく書きかえられようとしている。

ODAにも
首相の国家観を持ち込む危険

 外務省は3月31日、「政府開発援助(ODA)大綱を見直す有識者懇談会」の初会合を開いた。6月をメドに報告書をまとめ、年内に新たなODA大綱を閣議決定するという。岸田文雄外相が3月28日発表した「見直し」は、安倍晋三首相の国家観を援助の世界に持ち込む危険性をはらんでいる。

「ODA大綱の見直しについて」という文書が外務省のホームページに張ってある。なぜ今ODAの基軸を変えるのか。「見直しの背景」に次の一節がある。

「国家安全保障戦略や日本再興戦略においてODAの積極的・戦略的活用が明記されている…」

 安倍政権は昨年12月、米国のNSC(国家安全保障会議)に倣って安全保障政策の元締めとなる国家安全保障会議を設置した。外務・防衛省と首相官邸が軸になり、米国などの情報機関と連携し、テロ対策や北東アジアの軍事情勢に対処する、という鳴り物入りの組織だ。

「日本版NSC」と呼ばれるこの機関の事務局である国家安全保障局のトップに就いたのが、内閣官房参与として安倍政権の知恵袋になっていた谷内正太郎元外務省事務次官。初仕事として取り組んだのが国家安全保障戦略だった。

 この中でODAは「普遍的価値の共有」に「積極的・戦略的に活用する」と謳われた。どぎつい政策は一般の人に分かりにくい表現で書き込む、というのが官僚社会の常套手段である。意訳すれば「中国に対抗する勢力を力づける方向でODAを活用する」ということである。

 谷内局長は外務官僚のころ「自由と繁栄の孤」という方針を立案した。民主主義と市場経済を「普遍的価値」として、この価値を共有する国家と連携を強めていくことを日本外交の基本とした。アジアではASEANからインド・パキスタン。モンゴルから中央アジアへと自由と繁栄の弧をつなぐ、という「価値観外交」である。