同じく橋下徹・大阪市長は、先日地元の企業経営者らが参加したシンポジウムで、御堂筋界隈の規制緩和について、「高層ビルはレジデンスをオーケーにした。みなさん、愛人を2、3人住まわせてください」と呼びかけたことをメディアに批判されると、「冗談もシャレもわからないなら、これから一切報道陣を呼びません」と不快感を露わにした。彼らの弁明・反論は、「誠意が感じられない」などと世間で物議を醸した。

 このように、起死回生を図るどころか、火に油を注ぐような言動をとってしまう著名人も少なくないのである。むろん、一般人とは抱えている問題の重さが違うが、不利な立場に陥った著名人の言動からは、我々と何ら変わることのない「1人の人間」の素顔が垣間見える。

著名人の弁明・謝罪を教訓に
自分の「謝り方」を見直そう

 自分がもし、「テレビで見かけるような公の場で、謝罪をしなければならない立場になったら」と想像したら、ゾッとする読者も多いだろう。しかし、テレビに映る著名人の対応の巧拙は見抜けても、自分が普段行なっている謝罪の仕方については、意外に客観分析することが難しいものだ。

 著名人と違い一般人の場合は、自分が何かミスをしてしまったところで、世間一般に向けてお詫びをする必要は、ほとんどの場合においてない。当事者同士で解決をすればいいだけだ。しかしやり方を一歩間違うと、さらに自分の評価を落とし、仕事やプライベートで大損しかねないリスクは同じだ。そうならないために必要となるのが、「謝罪のスキル」である。

 そこで今回は、著名人の騒動を教訓にしながら、「損をしない謝り方」について考えてみよう。自分に身に覚えのないことで責められている場合は別として、自分に過失がある場合、人は謝らなければならない。相手に不快な気持ちをさせてしまったのだから当然だが、謝罪の意思がうまく伝わるか、気持ちよく許してもらえるかは謝り方次第だ。