世界は“ヤジの質”を
「政治の質」と見なしている

 塩村都議が語ったように、議場はヤジに対して笑いが起きたという。同調し迎合する笑いと受け止められても仕方がない。

 そもそもヤジには「良いヤジ」と「悪いヤジ」の区別はない。

 昔(戦前)は、ヤジを「議会の華」と歓迎する向きもあったが、評価できるヤジは10年に1つもないだろう。単なる発言の妨害である。

 あえて言えば、「許せるヤジ」と「許せないヤジ」だが、それを判定するのはあくまでも発言者の側である。

 私は、国会、地方議会にかかわらず、ヤジが低劣なのは、政治文化の水準が低劣であることを示していると思う。昔と比べても一段と低劣になっているから、政治文化、政治土壌もそうなっていると思わざるを得ない。

 石原環境大臣の「金目発言」も同じく現在の政治文化の水準を示している。

 きわどいヤジほど議員仲間や身近かな後援者から「元気がよくていい」と評価を受けるものだ。そんな土壌が変わっていないこと、むしろ悪化していることを今回の一件は示した。

 塩村都議に質問した外国人記者は、ヤジ議員がもっと年配の議員かと思ったら若いので驚いたと言っていた。恥ずかしいことだ。

 ワールドカップの開催中を狙うかのように安倍晋三首相は、集団的自衛権行使の解釈改憲を目指して突進していたが、思いがけずブレーキがかかった。

 このように、ヤジや失言問題が続出するのは、政権におごりや緩みがあるからに違いない。

 このヤジ問題は決して甘く見ることはできない。世界はヤジの質をそのまま政治の質と見なすからである。

※編集部注:本記事は6月24日夜に執筆されたものです。