3日で1億円の報酬

 丸の内の高層ビルにあるニューコンの特別会議室。前原は陳との二度目のミーティングに臨んだ。

「陳さん、いい会社が見つかりましたよ。新生バイオ社といいましてね。アンチエイジングのサプリメントの会社です。売上は30億円、従業員は100名程度の中小企業ですが」

「アンチエイジング? ああ不老薬ね」

「いえ、薬ではありません。あくまでもアルガンオイルを主成分としたサプリでして、薬事法に触れることはありません」

「効能はあるのかね?」

「もちろんです。現に世界の化粧品会社やアンチエイジングの研究者が競って商品開発に取り組んでいます」

「じゃあ聞くが、そんなに有望なサプリを作っている会社が、なぜその程度の規模なんですか?」

 陳は、前原と同じ疑問を持ったようだ。

「社長のマネジメント力がない場合、よく起きる現象なんです。商品力の問題ではありません。もし、陳先生が経営に関わることになれば、会社の規模は間違いなく10倍にはなるでしょうね」

 前原は思いっきり陳を持ち上げだ。

 陳は気を良くしたのか、こんな質問をした。

デューデリ*は終わったのかね?」

「はい。大急ぎで行いました。しっかりした会社ですよ。ズバリ買いです」
陳は組んだ足をほどいた。

「参考までに聞くが、いくら用意すればいいのかね?」

「全株式で50億円。パスツール社は間違いなく話に乗ってきますよ」

 これは、文京銀行の調査報告書からそのまま借用した評価額だった。そこには、「マネジメントを強化すれば、売上高300億円、税引後営業利益は20億円は十分達成できる。仮に利率を3%とした場合、投資した50億円は3年で回収できる」と書かれていた。

「わかった。条件をすぐに先方に伝えてくれ。それと譲渡契約書だな。順調に事が運べば、今月末にはパスツール社の口座に振り込もう」

 陳はさっと立ち上がり、前原に握手を求めた。

「忙しいんでね。これで失礼する」

 陳が帰ろうとすると、前原はあわててこう付け加えた。

「あの、報酬のことですが…」

「そうだったね。デューデリと仲介手数料を合わせて1億円ではどうかな」

 たった3日で1億円の売上だ。しかも、実質的には何もしていない。

 前原は笑いがこみ上げてくるのを懸命に抑えた。陳はにこやかな顔で、こう付け加えた。

「M&Aは結婚みたいなものだね。さしずめ、あなたは仲人ってところかな。だから、言っておきたいのだよ。もしも新生バイオ社が、私の信頼を裏切るような会社であったら、その時はあなたに全責任をとってもらう。いいね」

 前原の顔から一瞬で笑みが消えた。

*デューデリジェンスの略。投資対象となる会社の価値・収益力・リスク等を調査、査定する作業のこと。